すべて重荷を負うて苦労している者は、私のもとに来なさい。

トップ  >  ミカ書  >  2013年7月25日祈祷会(ミカ3章、指導者たちの罪の告発)
1. 指導者たちの罪

・ミカはイスラエルの指導者たちを批判して言う「正義を知り、それを行うことがお前たちの務めであるのに、お前たちは善を憎み、悪を愛している」と。時代はヒゼキヤの時代、前702年頃であろう。既に北イスラエルは滅び、南ユダ王国の領地の大半もアッシリアの支配下に入っていた。
-ミカ3:1-2「私は言った。聞け、ヤコブの頭たち、イスラエルの家の指導者たちよ。正義を知ることが、お前たちの務めではないのか。善を憎み、悪を愛する者、人々の皮をはぎ、骨から肉をそぎ取る者らよ」。
・「人々の皮を剥ぎ、肉を削ぐ」とは、具体的には「貪欲に畑を奪い、家々を取り上げる」(2:2)ような、貪り行為を指しているのだろう。そのような者が自分の土地を異邦人に占領された、それは不当だと訴えても神は聞いてくださらないだろう。「同胞への罪は神への道を遮る」のである。
-ミカ3:3-4「彼らはわが民の肉を食らい、皮をはぎ取り、骨を解体して、鍋の中身のように、釜の中の肉のように砕く。今や、彼らが主に助けを叫び求めても、主は答えられない。そのとき、主は御顔を隠される。彼らの行いが悪いからである」。

2.偽預言者の罪

・5節から偽預言者の罪が語られる。彼らは報酬が与えられれば「平安」を祝福し、報酬を与えない者には「裁き」を語る。そのような預言者に主は言葉を託されない。
-ミカ3:5-7「わが民を迷わす預言者たちに対して、主はこう言われる。彼らは歯で何かをかんでいる間は平和を告げるが、その口に何も与えない人には戦争を宣言する。それゆえ、お前たちには夜が臨んでも幻はなく、暗闇が臨んでも託宣は与えられない。預言者たちには、太陽が沈んで昼も暗くなる。先見者はうろたえ、託宣を告げる者は恥をかき、皆、口ひげを覆う。神が答えられないからだ」。
・ミカは偽預言者たちを、神聖な仕事を自己の利益に従属させている故に批判する。やがて後代のエゼキエルはこのような者たちを「羊の群れを飼わず、自分を養う羊飼い」と批判する(エゼキエル34:2)。真実の預言者とはたとえ民が聞きたくなくとも、神から託されたのであれば語る預言者のことである。
-ミカ3:8「しかし、私は力と主の霊、正義と勇気に満ち、ヤコブに咎を、イスラエルに罪を告げる」。

3.指導者の責任とは何か

・ミカが真偽を判断する基準は「正義(ツエダカー)」と「公平(ミシュパート)」である。この言葉は預言書を貫く言葉である(エレミヤ33:15他)。正義と公平がない所では人々は安心して暮らすことが出来ない。指導者たちはきらびやかな邸宅に住むが、その壁は貧しい人の血と汗で出来ているではないかとミカは告発する。
-ミカ3:9-10「聞け、このことを。ヤコブの家の頭たち、イスラエルの家の指導者たちよ。正義を忌み嫌い、まっすぐなものを曲げ、流血をもってシオンを、不正をもってエルサレムを建てる者たちよ」。
・世の堕落の象徴は、すべてが金で買えるようになることである。裁判官は賄賂で判決を歪め、祭司は献金の多寡で教えを曲げ、預言者は金を払う人のために預言する。しかし、そのような彼らが「主は我々と共におられる」と語っても、何の意味もない。主は不正な者たちを異邦人の武力から解放されることはない。
-ミカ3:11「頭たちは賄賂を取って裁判をし、祭司たちは代価を取って教え、預言者たちは金を取って託宣を告げる。しかも主を頼りにして言う『主が我らの中におられるではないか、災いが我々に及ぶことはない』と」。
・ミカはエルサレムの破壊を預言する。エルサレムは廃墟となり、石塚に変えられてしまうであろうと。
-ミカ3:12「それゆえ、お前たちのゆえに、シオンは耕されて畑となり、エルサレムは石塚に変わり、神殿の山は木の生い茂る聖なる高台となる」。
・アッシリアがエルサレムを包囲している中で、首都の崩壊を預言するミカの発言は大きな波紋を招いた。人々には国を裏切る売国奴的な行為に映っただろう。しかし時の王ヒゼキヤはミカの預言に悔い改め、エルサレムは救われた(列王記下19:35)。そのミカの預言が100年後にエルサレム滅亡を預言したエレミヤの命を救う。
-エレミヤ26:12-19「エレミヤは高官たちと民のすべての者に向かって言った『主が私を遣わされ、お前たちが聞いたすべての言葉をこの神殿とこの都に対して預言させられたのだ。今こそ、お前たちは自分の道と行いを正し、お前たちの神、主の声に聞き従わねばならない。主はこのように告げられた災いを思い直されるかもしれない』・・・この地の長老が数人立ち上がり、民の全会衆に向かって言った。『モレシェトの人ミカはユダの王ヒゼキヤの時代に、ユダのすべての民に預言して言った。万軍の主はこう言われる。シオンは耕されて畑となり、エルサレムは石塚に変わり、神殿の山は木の生い茂る丘となると。ユダの王ヒゼキヤとユダのすべての人々は、彼を殺したであろうか。主を畏れ、その恵みを祈り求めたので、主は彼らに告げた災いを思い直されたではないか。我々は自分の上に大きな災いをもたらそうとしている』」。
・預言は今ここで聞かれないとしても、100年後、200年後の人々に聞かれて、正しい道を選択させる。私たちはこの長期的視点が今、必要なのではないか。「目先の利益」に惑わされるな、神が命じられた「正義と公平」のために働け。ミカは現代の私たちにそのように語り続けている(参考資料参照)。

*ミカ3章参考資料:「複雑な解釈」(要約) 神戸女学院大学名誉教授・内田樹 朝日新聞2013.07.23
・参院選の結果をどう解釈するか、テレビで選挙速報を見ながらずっと考えていた・・・今回の参院選の結果の際立った特徴は「自民党の大勝」と「共産党の躍進」、「公明党の堅調」である。この3党には共通点がある。いずれも「綱領的・組織的に統一性の高い政党」だということである・・・今回の参院選について、有権者は「一枚岩」政党を選好したのである。「当然ではないか」と言う人がいるかもしれないが、これは決して当然の話ではない。議会制民主主義というのは、さまざまな政党政治勢力がそれぞれ異なる主義主張を訴え合い、それをすり合わせて、「落としどころ」に収めるという調整システムのことである。・・・近代の歴史は「単一政党の政策を100%実現した政権」よりも「さまざまな政党がいずれも不満顔であるような妥協案を採択してきた政権」の方が大きな災厄をもたらさなかったと教えているからである。知られる限りの粛清や強制収容所はすべて「ある政党の綱領が100%実現された」場合に現実化した・・・政治システムは「よいこと」をてきぱきと進めるためにではなく、むしろ「悪いこと」が手際よく行われないように設計されるべきだという先人の知恵を私は重んじる。だが、この意見に同意してくれる人は現代日本ではきわめて少数であろう。
・現に、今回の参院選では「ねじれの解消」という言葉がメディアで執拗に繰り返された。それは「ねじれ」が異常事態であり、それはただちに「解消されるべきである」という予断なしでは成り立たない言葉である。だが、そもそもなぜ衆参二院が存在するかと言えば、それは一度の選挙で「風に乗って」多数派を形成した政党の「暴走」を抑制するためなのである・・・ この「ねじれの解消」という文言もまた先の「綱領的・組織的に統一性の高い政党」への有権者の選好と同根のものだと私は思う・・・「百家争鳴」型政党(かつての自民党や、しばらく前の民主党)から「均質的政党」へのこの選好の変化を私は「新しい傾向」だとみなすのである。
・では、なぜ日本人はそのような統一性の高い組織体に魅力を感じるようになったのか。それは人々が「スピード」と「効率」と「コストパフォーマンス」を政治に過剰に求めるようになったからだ、というのが私の仮説である。採択された政策が適切であったかどうかはかなり時間が経たないとわからないが、法律が採決されるまでの時間は今ここで数値的に計測可能である。だから、人々は未来における国益の達成を待つよりも、今ここで可視化された「決断の速さ」の方に高い政治的価値を置くようになったのである。「決められる政治」とか「スピード感」とか「効率化」という、政策の内容と無関係の語が政治過程でのメリットとして語られるようになったのは私の知る限りこの数年のことである。そして、今回の参院選の結果は、このような有権者の時間意識の変化をはっきりと映し出している。
・私はこの時間意識の変化を経済のグローバル化が政治過程に浸入してきたことの必然的帰結だと考えている。政治過程に企業経営と同じ感覚が持ち込まれたのである。国民国家はおよそ孫子までの3代、「寿命百年」の生物を基準としておのれのふるまいの適否を判断する。「国家百年の計」とはそのことである。一方、株式会社の平均寿命ははるかに短い。今ある会社で20年後に存在するものがいくつあるかは、すでに私たちの想像の埒外である。だが、経営者はその短命生物の寿命を基準にして企業活動の適否を判断する。「短期的には持ち出しだが、長期的に見れば孫子の代に見返りがある」という政策は、国民国家にとっては十分な適切性を持っているが、株式会社にとってはそうではない・・・短期的には持ち出しだが100年後にその成果を孫子が享受できる(かも知れない)というような政策には今政治家は誰も興味を示さない。
・原発の放射性廃棄物の処理コストがどれくらいかかるか試算は不能だが、それを支払うのは「孫子の代」なので、それについては考えない。年金制度は遠からず破綻するが、それで困るのは「孫子の代」なので、それについては考えない。TPPで農業が壊滅すると食糧調達と食文化の維持は困難になるが、それで苦しむのは「孫子の代」なので、それについては考えない。目先の金がなにより大事なのだ。「経済最優先」と参院選では候補者たちは誰もがそう言い立てたが、それは平たく言えば「未来の豊かさより、今の金」ということである。今ここで干上がったら、未来もくそもないというやぶれかぶれの本音である。
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