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トップ  >  ヨナ書  >  2013年6月20日祈祷会(ヨナ2章、海の底からのヨナの叫び)
1. 海の底からのヨナの叫び

・ヨナ書は預言者物語の形を借りた寓話で、捕囚帰還後の偏狭な民族主義を風刺し、異邦人にも神の愛が届くことを説く特異な書である。ヨナは敵国ニネベへの救済預言を命じられるが、これを嫌って海に逃げる。しかし、主はヨナを追って嵐を起され、ヨナは犠牲として海に放り込まれる。主はこのヨナを巨大な魚に命じて救われる。
-ヨナ1:15-2:1「彼らがヨナの手足を捕らえて海へほうり込むと、荒れ狂っていた海は静まった。人々は大いに主を畏れ、いけにえをささげ、誓いを立てた。さて、主は巨大な魚に命じて、ヨナを呑み込ませられた。ヨナは三日三晩魚の腹の中にいた」。
・巨大な魚に飲み込まれる物語はギリシャ神話にもあり、著者はこのような伝承を用いて、神の救済を物語る。2章では、「不従順なヨナ」が、海に投げ込まれて初めて、「祈り求めるヨナ」になる。
−ヨナ2:2-3「ヨナは魚の腹の中から自分の神、主に祈りをささげて、言った『苦難の中で、私が叫ぶと、主は答えてくださった。陰府の底から、助けを求めると、私の声を聞いてくださった』」。
・著者は詩篇の形でヨナの体験を象徴的に描く。彼は海に投げ込まれ、大水が彼の命を奪おうと襲いかかる。海の底に達した時、彼はそこにおられる神の臨在を認識する。
-ヨナ2:4-7「あなたは、私を深い海に投げ込まれた。潮の流れが私を巻き込み、波また波が私の上を越えて行く。私は思った、あなたの御前から追放されたのだと。生きて再び聖なる神殿を見ることがあろうかと。大水が私を襲って喉に達する。深淵に呑み込まれ、水草が頭に絡みつく。私は山々の基まで、地の底まで沈み、地は私の上に永久に扉を閉ざす。しかし、わが神、主よ、あなたは命を滅びの穴から引き上げてくださった」。
・ここには死の淵から救済を求めるヨナの叫びがある。海の底からの叫びは神に届き、神はヨナを救済される。
−ヨナ2:8-11「『息絶えようとする時、私は主の御名を唱えた。私の祈りがあなたに届き、聖なる神殿に達した。偽りの神々に従う者たちが、忠節を捨て去ろうとも、私は感謝の声をあげ、いけにえをささげて、誓ったことを果たそう。救いは、主にこそある』。主が命じられると、魚はヨナを陸地に吐き出した」。
・ヨナが体験したことは、海の中に投げ込まれて古い自分に死に、浜に吐き出されて新しい命に生き返る出来事で、これはヨナの洗礼物語だ。不従順なヨナが変えられるために、一旦死ぬ必要があった。私たちも古い自分に一旦死に、新しい命に生きるために、洗礼を受ける。
−ローマ6:3-4「それともあなたがたは知らないのですか。キリスト・イエスに結ばれるために洗礼を受けた私たちが皆、またその死にあずかるために洗礼を受けたことを。私たちは洗礼によってキリストと共に葬られ、その死にあずかるものとなりました。それは、キリストが御父の栄光によって死者の中から復活させられたように、私たちも新しい命に生きるためなのです」。

2.ヨナ2章の教えるもの

・ヨナは主の命令を拒否するような預言者で、救いに相応しくなかった。しかし、この経験を通して「救いに相応しくない者」をも憐れまれる主を著者は述べる。それは主が異邦人であるニネベの人々に対しても同じ憐れみを示されることを理解するためであった。この経験の後、ヨナはニネベに行き、主の命じられた預言を語る。
−ヨナ3:1-4「主の言葉が再びヨナに臨んだ『さあ、大いなる都ニネベに行って、私がお前に語る言葉を告げよ』。ヨナは主の命令どおり、直ちにニネベに行った。ニネベは非常に大きな都で、一回りするのに三日かかった。ヨナはまず都に入り、一日分の距離を歩きながら叫び、そして言った『あと四十日すれば、ニネベの都は滅びる』」。
・ヨナ書の主題は「神の寛容」だ。神は反抗的なヨナをも預言者として用い、偶像に礼拝を捧げるニネベでさえ救おうとされる。この神の寛容こそ世界を救う土台なのである。
−エゼキエル33:11「彼らに言いなさい。私は生きている、と主なる神は言われる。私は悪人が死ぬのを喜ばない。むしろ、悪人がその道から立ち帰って生きることを喜ぶ。立ち帰れ、立ち帰れ、お前たちの悪しき道から。イスラエルの家よ、どうしてお前たちは死んでよいだろうか」。
・比較文学者・四方田犬彦は朝日新聞のアンケート「たいせつな本」の一冊に、このヨナ書を挙げる。
-大切な本から「ヨナの物語をいつ知ったのか、それを正確に思い出すことはできない。おそらく子供用に書き直された聖書物語を通してだろうと思う。いずれにせよ旧約聖書にあるこの冒険譚は、幼い私を夢中にさせた。船が暴風雨に見舞われる。人々はそれぞれ信じる神に祈るが、ユダヤの神を信じるヨナなる男がみずから申し出て、海に投げ込まれた。巨大な魚が彼を呑み込む。ヨナはその腹のなかで神に祈り、三日の後に腹から出て陸地に到着する。この物語はピノキオから大江健三郎まで、さまざまな小説作品の原型となった。巨魚とはおそらく鯨だろう。いや海そのものの喩えであるかもしれない。ヨナは無意識世界へと参入し、ひとたび死を体験した後、再生を遂げるのである」。
「何年か前にテルアヴィヴに滞在していたとき、ふと隣町のヤーファが、このヨナが出航した古代の港町ヨッパであることに気がついた。この町はその後、オレンジで有名な都市として栄えたが、イスラエル建国の時パレスチナ系住民のほとんどが追放され、現在はユダヤ人の観光地として知られている。さらに調べてみると、ギリシャ神話においてペルセウスが美女アンドロメダを海の怪物から救出したと伝えられる岸壁も、同じ場所にあることが判明した。この有名な神話が旧約聖書の物語と同じ場所に発していることは、私に少なからぬことを考えさせる。ヨーロッパ文明を形成するにあたって二つの大きな潮流となったヘレニズムとヘブライズムとが、同じ岸辺を舞台に、まったく別々に異なった物語を作り上げていたのである。これは古代の地中海世界を文化史的に捕らえるさいに、興味深い挿話だろう。私の空想はさらに進んだ。もしペルセウスが退治した海の怪物とヨナを呑みこんだ巨魚とが同一の怪獣であったとすれば、どうだろうか。ここからは幻想小説家の領域だろう。けだし古典と呼ばれる書物は、それを読む者に自由な想像を許すものなのである」(明治学院大学教授)。
*イタリアの作家・カルロ・コッローディはヨナ書を題材に「ピノッキオの冒険」を書いた(1883年)。
*大江健三郎の『洪水はわが魂に及び』(1973)は、旧訳聖書ヨナ書2章5節から題名が取られている。
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