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トップ  >  アモス書  >  2013年4月11日祈祷会(アモス書6章、滅亡と捕囚の預言)
1. イスラエル滅亡の預言

・アモスは前760年〜750年頃、北イスラエルの首都サマリアで、「滅亡と捕囚」の預言を行った。時代はヤロブアム2世時代、イスラエルはその領土を拡大し、ソロモン王の最盛期の領土にまで拡げた。表面的に繁栄するイスラエルに対して、アモスは滅亡預言を行う。イスラエルの人々は当然聞こうとはしなかったであろう。
-アモス6:1「災いだ、シオンに安住し、サマリアの山で安逸をむさぼる者らは。諸国民の頭である国に君臨し、イスラエルの家は彼らに従っている」。
・イスラエルの安全の根拠は、首都サマリアの堅固な要塞と、自分たちの軍事力に対する奢りであった。しかしアモスは強力な都市国家であったカルネ、ハマト・ラバ、ガザでさえ、アッシリアにより滅ぼされたではないか、小国がいくらその軍事力を誇っても、大帝国アッシリアの圧倒的な力の前では空しいではないかと預言する。
-アモス6:2「カルネに赴いて、よく見よ。そこから、ハマト・ラバに行き、ペリシテ人のガトに下れ。お前たちはこれらの王国にまさっているか。彼らの領土はお前たちの領土より大きいか」。
・カルネやガザがアッシリアに征服されたのは、前711年頃であり、これは事後預言と思われる。いずれにせよ、イスラエル滅亡(前722年)が具体的に見えない前750年頃に、アモスがこのような預言を行ったことは驚嘆すべき事であった。アモスはイスラエルが攻略した町々こそがイスラエル滅亡を預言するという。
-アモス6:13-14「お前たちはロ・ダバル(空虚)を喜び、「我々は自分の力でカルナイムを手に入れたではないか」と言う。しかし、イスラエルの家よ、私はお前たちに対して一つの国を興す。彼らはレボ・ハマトからアラバの谷に至るまで、お前たちを圧迫すると万軍の神なる主は言われる」。

2.何故滅亡なのか

・イスラエルの人々は、表面的な自国の繁栄を見て、その繁栄がどこから来るのかを見ようとしない。イスラエルのような小国が繁栄するのは、アッシリアのような大国が内紛等によりパレスチナに介入できない故であり、やがては大軍勢がパレスチナに侵攻し、その時には小国の防衛力等は歯牙にもかからないことを認識していない。
−アモス6:3-12「お前たちは災いの日を遠ざけようとして、不法による支配を引き寄せている・・・見よ、主が命じられる。『大きな家を打って粉々にし、小さな家をみじんにせよ』。馬が岩の上を駆けるだろうか、牛が海を耕すだろうか。お前たちは裁きを毒草に、恵みの業の実を苦よもぎに変えた」。
・イスラエルの指導者たちは、快楽追求を自己の生の中心に据え、その結果、彼等に与えられた民を養い、守る責務を放棄した。神は指導者としての責務を果たさないイスラエルの貴族たちを打ち捨てられる。
-アモス6:4-7「お前たちは象牙の寝台に横たわり、長いすに寝そべり、羊の群れから小羊を取り、牛舎から子牛を取って宴を開き、竪琴の音に合わせて歌に興じ、ダビデのように楽器を考え出す。大杯でぶどう酒を飲み、最高の香油を身に注ぐ。しかし、ヨセフの破滅に心を痛めることがない。それゆえ、今や彼らは捕囚の列の先頭を行き、寝そべって酒宴を楽しむことはなくなる」。
・指導者の役割は民を養い、民のために労苦することだ。それ故、指導者には権力と富が与えられる。しかし、それを自己のためにのみ用いる時、彼は任命された神の委託を裏切り、罰せられる。後にエゼキエルがユダの指導者たちを糾弾した言葉も同じであった。
-エゼキエル34:2-10「災いだ、自分自身を養うイスラエルの牧者たちは。牧者は群れを養うべきではないか。お前たちは乳を飲み、羊毛を身にまとい、肥えた動物を屠るが、群れを養おうとはしない・・・それゆえ牧者たちよ、主の言葉を聞け・・・見よ、私は牧者たちに立ち向かう。私の群れを彼らの手から求め、彼らに群れを飼うことをやめさせる・・・私が彼らの口から群れを救い出し、彼らの餌食にはさせないからだ」。
・同じ事が現在の東北復興にも言えると赤坂憲雄氏は批判する「東北は50年後の過疎を現在経験している。それなのに為政者が行うことは復興ではなく、復旧ばかりで、何の長期ビジョンを持とうともしない」(天明飢饉から学ぶ)。表面しか見ない為政者の怠慢により、イスラエルの民は戦争に苦しみ、飢餓と疫病に苦しめられるとアモスは預言する。9-10節は戦死を免れた者も疫病により死んでいく様を描いたものだ。
-アモス6:8-10「万軍の神なる主は言われる。私はヤコブの誇る神殿を忌み嫌い、その城郭を憎む。私は都とその中のすべてのものを敵に渡す。もし、一軒の家に男が十人残っているなら、彼らも死ぬ。親族と死体を焼く者が、彼らを家の中から運び出す。そのとき、一人が家の奥にいる者に、『まだ、あなたと共にいる者がいるのか』と尋ねると、『いない』と答え、『声を出すな、主の名を唱えるな』と言う」。
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