すべて重荷を負うて苦労している者は、私のもとに来なさい。

トップ  >  アモス書  >  2013年3月21日祈祷会(アモス書3章、選ばれた者の責任)
1. 選ばれた故に罰する

・アモス書は、イスラエルへの裁きを語る。当時のイスラエルの人々は「自分たちは神によって選ばれた民であり、例え罪を犯しても裁かれない」と考えていた。その人々にアモスは言う「あなた方は選ばれた故に裁かれる」。
-アモス3:1-2「イスラエルの人々よ、主がお前たちに告げられた言葉を聞け。私がエジプトの地から導き上った全部族に対して、地上の全部族の中から私が選んだのはお前たちだけだ。それゆえ、私はお前たちをすべての罪のゆえに罰する」。
・アモスは言う「選びとは裁きに対して自己を保全する特権ではなく、神の期待である。神はあなた方が選ばれた者にふさわしく生きることを求められたのに、あなたがたはその使命を果たさなかった」と。人々は「神は私たちを救って下さる」と願望する。アモスは彼等にいう「神はあなた方を裁かれる」と。
-アモス3:3-8「打ち合わせもしないのに二人の者が共に行くだろうか。獲物もないのに獅子が森の中でほえるだろうか。獲物を捕らえもせずに若獅子が穴の中から声をとどろかすだろうか。餌が仕掛けられてもいないのに鳥が地上に降りて来るだろうか。獲物もかからないのに罠が地面から跳ね上がるだろうか。町で角笛が吹き鳴らされたなら人々はおののかないだろうか。町に災いが起こったならそれは主がなされたことではないか。まことに、主なる神はその定められたことを、僕なる預言者に示さずには何事もなされない。獅子がほえる、誰が恐れずにいられよう。主なる神が語られる、誰が預言せずにいられようか」。
・シーセル・ロスはその著「ユダヤ人の歴史」の中で、預言者の役割について語る。
-ユダヤ人の歴史から「ヘブライ人の王国の物語は、近隣数か国のそれと大きな違いはない。そこには三千年の時空を隔てた今、研究に値するものなど何一つなく、あるいはいくつかの大帝国がすでに忘却のかなたに消えて久しい今、民族の連続性を保証するものもない。あのはるか遠い昔のアジア世界に生まれては消えていった弱小国家群の中で、唯一、ユダ、サマリアの王国のみが他と同じ運命を免れたとすれば、その理由はただ一つ、ヘブライ人預言者である。(中略)紀元前七六五年ころアモスという名の一人のユダヤ人羊飼いが、当時権力の絶頂にあったサマリア王国の、ベテルの聖所で執り行なわれていた祭礼に姿を現わした。祭礼の会衆を、彼等の強欲を、不誠実を、貧しき者からの搾取を弾劾する、彼の言葉は情け容赦のないものだった。彼は耳を傾けている者らの自己満足を、彼等ご自慢の〈神の選び〉はもっと大きな責任を義務づけているのであって、それを免除するものではないという、これまで聞いたことのない新しい説を説いて突き崩し、うわべだけの信仰心では今まさに近づきつつある裁きの日に救われることはありえないと警告した」。
・最後の預言者、洗礼者ヨハネも述べる「神はこの石からアブラハムの子たちを造り出すことが出来る」(マタイ3:7-9)。私たちがキリスト者として選ばれたのも同じだ。私たちは使命に生きることを求められている。
-ルカ12:47-48「主人の思いを知りながら何も準備せず、あるいは主人の思いどおりにしなかった僕は、ひどく鞭打たれる。しかし、知らずにいて鞭打たれるようなことをした者は、打たれても少しで済む。すべて多く与えられた者は、多く求められ、多く任された者は、更に多く要求される」。
・人はみな自分のことしか考えない故に、生きた神との関係は断絶する。預言者は神を中心に考える故に、自己中心の人間の腐敗と虚栄を告発する。レ・ミゼラブル エピローグ「民衆の歌」は感動的だ。そこには預言者の響きがある。
-レ・ミゼラブル「民衆の歌」から「民衆が歌うのが聴こえるか、夜の谷でさまよう人々の歌が、これは光に向かって登りゆく人々の歌。地上の哀れな人々には、消えることのない炎がある。どんなに暗い夜もいつか終わり、太陽が昇る。彼らは主の庭で、再び自由になる。鋤が耕すところを歩き、もはや剣を手にしない。鎖は解かれ、すべての人は報酬を受ける。われらの十字軍に加わるか。だれが力強く私の隣に立つのか、バリケードの向こうのどこかに、君が望んだ世界があるだろうか、人々の歌う声が聴こえるか。ほら、遠くの太鼓の音が聴こえるか。これは彼らが携えきたる未来、明日と共にくる未来だ!」。

2.イスラエルの滅び

・アモスは預言する「イスラエルはサマリアで狂乱し、民に圧政を行った。それ故に、エジプトとアッシリアが彼等を滅ぼす鞭として招かれるだろう」。
-アモス3:9-11「アシュドドの城郭に向かって、エジプトの地にある城郭に向かって告げよ。サマリアの山に集まり、そこに起こっている狂乱と圧政を見よ。彼らは正しくふるまうことを知らないと主は言われる。彼らは不法と乱暴を城郭に積み重ねている。それゆえ、主なる神はこう言われる。敵がこの地を囲み、お前の砦を倒し、城郭を略奪する」。
・ヤロブアム二世時代、イスラエルはアラムとの戦いに勝って、領土をソロモン王時代の全盛期に匹敵するほど拡大した。しかし内部では強者が弱者を貪り、正義は地に落ち、国内は腐敗していた。どのように強固な城壁を誇っても、内部が腐敗すればその町は外敵に落とされる。
-History of Israel (Ch.6北イスラエルの歴史)から「ヤラベアム二世時代イスラエル王国は一時的に栄えたが、次のザカリヤはわずか六ケ月支配しただけで暗殺されて、エヒウ王朝は終わり、イスラエル王国では再び王朝の建てられることはなかった。その後20年の間に5人の王が交替するが、そのうち3人は暗殺されている。アッシリア王シャルマネセル三世は、多くのパレスチナ・シリア遠征を行ったが、国々を滅ぼすということはせずに、ただ貢を納めさせることで満足していたが、紀元前745年に即位したティグラテピレセル三世は、西オリエント全体を支配しようとし、シリア・パレスチナの国々は以前にも増して、大きな脅威にさらされることになった。そのような中で、イスラエル王国と北のシリアは、同盟を結んでアッシリアに抵抗しようとし、この同盟にユダ王国も引き入れようとした(シリア・エフライム戦争、734年)が、失敗し、かえってアッシリアの介入を招き、首都サマリアとその周辺の地域を残して、アッシリア軍に占領されてしまった。ペカの時代である。次の王ホセアは、最初アッシリアに服従していたが、724年にエジプトに頼って、アッシリアへの貢を中止し、臣属関係を破棄した。アッシリア王シャルマネセル五世は、直ちにイスラエルに軍隊を送り、ホセアを捕らえ、イスラエルの領土全体を占領した。ただ堅固な町であったサマリアだけは、包囲されたまま三年間もちこたえたが、シャルマネセル五世を継いだサルゴン二世によって征服された(紀元前721年)。約二百年間続いた北イスラエル王国は終焉した」。
・アモスはイスラエルの滅びを牧羊者の慣習に従って語る「牧羊者が不可抗力によって羊を失った証として、食いちぎられた家畜の一部を持ち帰るように、イスラエルも食いちぎられるであろう」と。富の象徴であったサマリアの邸宅もダマスコの別荘も跡形なく消え失せるであろうと。
-アモス3:12-15「主はこう言われる。羊飼いが獅子の口から二本の後足、あるいは片耳を取り戻すように、イスラエルの人々も取り戻される。今はサマリアにいて豪奢な寝台や、ダマスコ風の長いすに身を横たえていても。万軍の神、主なる神は言われる。聞け、ヤコブの家に警告せよ。私がイスラエルの罪を罰する日に、ベテルの祭壇に罰を下す。祭壇の角は切られて地に落ちる。私は冬の家と夏の家を打ち壊す。象牙の家は滅び、大邸宅も消えうせると主は言われる」。
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