すべて重荷を負うて苦労している者は、私のもとに来なさい。

トップ  >  箴言  >  2013年3月6日祈祷会(箴言30:1−33、アグルの言葉)
−箴言30:1−4「ヤケの子アグルの言葉。託宣。この人は言う。神よ、わたしは疲れた。神よ、わたしは疲れ果てた。まことに、わたしはだれよりも粗野で、人間としての分別もない。知恵を教えられたこともなく、聖なる方を知ることもできない。天に昇り、降った者は誰か。また手の内に風を集め、その衣に水を包む者は誰か。地の果てを定めた者は誰か。その子の名は何というのか。あなたは知っているのか。」
・ソロモン王時代の知恵者であったヤケの族の子アグルは言う。神の御意。彼は神を探求することに限界を覚え問いかける。自分は教養のない愚か者だから、天地の創造主と、その御意を知ることができない。あなたは知っているのかと。
−箴言30:5−8「神の言われることはすべて清い。身を寄せればそれは盾となる。御言葉に付け加えようとするな。責められて、偽る者と断罪されることのないように。二つのことをあなたに願います。わたしが死ぬまで、それを拒まないでください。むなしいもの、偽りの言葉を、わたしから遠ざけてください。貧しくもせず、金持ちにもせず、わたしのために定められたパンで、わたしを養ってください。」
・神の言葉は清く、縋る者の盾となる。ただし。人は神の言葉に何も付け加えてはならない。付け加えて神を欺く者となり、罰せられないように。わたしの生涯のための、二つの願いを叶えてください。空しい偽りの言葉からわたしを遠ざけ、貧冨のどちらでもなく、日々に必要な糧をもって、わたしを養ってください。
−箴言30:9−10「飽き足りれば、裏切り、主など何者か、というおそれがあります。貧しければ、盗みを働き、わたしの神の御名を汚しかねません。僕のことを主人に中傷してはならない。彼はあなたを呪い、あなたは罪に定められる。」
・富んで思い上がれば、主を侮る者になり、貧しくて盗みを働けば、御名を汚します。僕の主人に僕の悪口を言えば、僕に恨まれ、主から罰せられます。
−箴言30:11−14「父を呪い、母を祝福しない世代、自分を清いものと見なし、自分の汚物を洗い落さぬ世代、目つきは高慢で、まなざしの驕った世代、それは貧しい人を食らい尽して土地を奪い、乏しい人を食らい尽して命を奪う。」
・自分の父母を尊敬せず恨む世代、自らの汚れに気付かず、自らは清いと自惚れ、反省のない世代、思い上がって人を侮る世代、彼らは貧しい人を食い物にして命まで奪う。
−箴言30:15−17「蛭の娘はふたり。その名は『与えよ』と『与えよ。』。飽くことを知らぬ者は三つ。十分だと言わぬものは四つ。陰府、不妊の胎、水に飽いたことのない土地、決して十分だと言わない火。」
・貪欲な支配者や徴税人を蛭の娘に例えているのか。死の国は死者を呑みこみ満ち足りることがない、子を生めぬ女は飽くことなく子を求め、砂漠は飽くことなく水を吸いこみ、火は燃やし尽して飽きることはない。
−箴言30:18−24「わたしにとって、驚くべきことが三つ、知りえぬことが四つ。天のある鷲の道、岩の上の蛇の道、大海の中の船の道、男がおとめに向かう道。そうだ。姦通の女の道も。食べて口をぬぐい、何も悪いことはしていないと言う。三つのことに大地は震え、四つことに耐ええない。奴隷が王となること、神を知らぬ者がパンに飽き足りること、憎むべき女が夫を持つこと、はしためが女主人を継ぐこと。」
・四つのものは不思議な術で目的の所に着き痕跡を残さない。鷲が行く空の道、岩を這う蛇の道、船の行く海の道、男が娘に向かう道。しかし、次の四つのことには耐えられない。そ知らぬ顔で口を拭う姦通の女。王となった奴隷、神を知らぬ富者、妻の座に納まった悪女、女主人の後継ぎとなった下女。
−箴言30:24−31「この地上に小さなものが四つある。それは知恵者中の知恵者だ。蟻の一族は力はないが、夏の間にパンを備える。岩狸の一族は強大ではないが、その住みかを岸壁に構えている。いなごに王はないが、隊を組んで一斉に出動する。やもりは手で捕えられるが、王の宮殿に住んでいる。足取りの堂々としているものが三つ、堂々と歩く者が四つある。獣の中の雄、決して退かない獅子、腰に帯びした男、そして雄山羊、だれにも手向かいさせない王。」
・これら小さな四つのものは知恵者の中の知恵者だ。夏の間に食糧を貯め込む蟻の知恵、岸壁に一族の巣を作る岩狸の知恵、いなごの集団行動、宮殿に住むやもりの知恵。次に四つのものをあげ、堂々たる王の存在がある。
−箴言30:32−33「増長して恥知らずになり、悪だくみをしているなら、手で口を覆え。乳脂を絞るとバタ−が出てくる。鼻を絞ると血が出て来る。怒りを絞ると争いが出てくる。」
・あなたは増長して恥知らずになり、軽挙妄動して愚か者になるのか。それとも謙虚な者となり、熟慮して行動するのか。乳を搾るとバターとなり、鼻を打てば血がでるように、怒りを露わにすると争いとなる。謙虚であれ、怒りを避けよ、熟慮して行動せよ。
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