すべて重荷を負うて苦労している者は、私のもとに来なさい。

トップ  >  箴言  >  2012年12月26日祈祷会(箴言21:1-31,ソロモンの格言集12)
−箴言21:1-3「主の御手にあって王の心は水路のよう。主は御旨のままにその方向を定められる。人間の道は自分の目に正しく見える。主は心の中を測られる。神に従い正義を行うことは、いけにえを捧げるよりも主に喜ばれる。」
・王の心は神の御手の内にある流れのよう、神の御心のままにその行方が定まる。人の歩む道は自分の目には正しく見える。神は人の心の中までご存知である。いけにえを捧げるよりも、正義を行うほうが神に喜ばれる
−箴言21:4-7「高慢なまなざし、傲慢な心は、神に逆らう者の灯、罪。勤勉な人はよく計画して利益を得、あわてて事を行う者は欠損をまねく。うそをつく舌によって財宝を積む者は、吹き払われる息、死を求める者。神に逆らう者は自分の暴力に引きずられて行く。正義を行うことを拒んだからだ。」
・驕り高ぶりは神に逆らう罪である。勝れた計画と勤勉は利益を生む。慌て者は事をし損じる。詐欺でなした財は、霧のようにはかなく消える。神に逆らい正義を拒めば自滅する。
−箴言21:8-10「歩む道が曲ったりそれたりしていても、清く正しい行いをする人がある。いさかい好きの妻と一緒にいるよりは、屋根の片隅に座っているほうがよい。神に逆らう者の欲望は悪に注がれ、その目は隣人をも憐れまない。」
・不運が重なっても、清く正しき生きる人がいる。喧嘩好きの妻と一緒にいるよりは、吹きさらしの屋根の上に居るほうがましだ。神に逆らう者の心は憎悪の塊、隣人愛はない。
―箴言21:11-14「不遜な者を罰すれば、浅はかな者は知恵を得る。知恵ある人を目覚めさせるなら、彼は知識を得る。神に従う人は逆らう者の家を識別し、神に逆らう者を災いに落とす。弱い人の叫びに耳を閉ざす者は、自分が呼び求める時が来ても、答えは得られない。ひそかに贈り物をしておけば怒りはなだめられ、賄賂をふところに入れてやれば激怒も静まる。」
・思いあがっている者を懲らしめて、己の愚かさを悟らせる。知恵ある者に機会を与え、知識を習得させる。神に従う人は、従わない人を見分けて懲らしめる。弱者の哀願に耳を閉ざす者が、窮地に堕ちて救いを求めても神は助けない。密かに付け届けをしておけば、怒りは治まる。賄賂は激しい怒も宥める。
−箴言21:15-17「裁きを行うことは、神に従う人には喜び、悪を行う者には滅び。目覚めへの道から迷い出た者は死霊の集いに入る。快楽を愛する者は欠乏に陥り、酒と香油を愛する者は富むことがない。
・正しい裁きは義人の喜びだが、悪人には滅びである。正しい道から迷い出た者は、死者の群れに入る。快楽を好む者は貧しくなり、酒や香油に浪費する者は裕福にはなれない。
−箴言21:18-20「神に逆らう者は神に従う人の代償とされ、欺く者は正しい人の身代金とされる。いさかい好きで怒りっぽい妻といるよりは、荒野に座っている方がよい。知恵ある人の住まいには望ましい宝と香油がある。愚か者はそれを呑み尽す。」
・悪人は義人の贖いにされ、詐欺師は正直者の償いをさせられる。喧嘩好きでよく腹をたてる妻と一緒にいるより、荒野にいるほうがよい。知恵ある人の家には宝物と香油がある。愚か者はそれを使い尽す。
−箴言21:21-23「恵みと慈しみを追い求める人は、命と恵みと名誉を得る。知恵ある人はひとりで勇士たちの町に上り、その頼みとする砦を落とすこともできる。自分の口と舌を守る人は、苦難から自分の魂を守る。」
・恵みと慈しみを求める人は、恵みと慈愛、名誉を得る。知恵ある人は勇者の町を攻め、彼らの頼みの城を攻め落とす。自分の舌を制御できる人は、逆境を乗り切れる。
−箴言21:24-26「増長し、高慢な者、その名は不遜。高慢のかぎりを尽す。怠け者は自分の欲望に殺される。彼の手が働くことを拒むからだ。欲望は絶えることなく欲し続ける。神に従う人は与え、惜しむことはない。」
・思いあがっている者は、尊大の限りを尽す。怠け者は働くことを嫌がって、果てしなく膨れる自分の欲望に、押し潰される。欲望は欲望を生み限りはない。神に従う人は与えることを惜しまない。
−箴言21:27-29「神に逆らう者のいけにえは忌むべきものだ。悪だくみがあってささげるのだから。欺いて語る証人は滅びる。聞き従う人の言葉はとこしえに耐える。神に逆らう者は厚かましく事を行う。正しい人は自分の道を整える。」
・悪人の献げ物には下心があり、神に嫌われる。偽証する者は滅びる。神に従う人の言葉は滅びない。神に逆う者は図々しいことをする。正しい人は自分の生き方も正しくする。
−箴言21:30-31「どのような知恵も、どのような英知も、勧めも、主の御前には無に等しい。戦いの日のために馬が備えられるが、救いは主による。」
・人がその知識と経験により、培った能力で制御できる領域があるが、それにも限界があり、その限界を越えた領域が神の領域である。人にどれほどの能力があろうとも、所詮、神の前には無力に等しいからである。
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