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トップ  >  ヨブ記  >  2012年11月8日祈祷会(ヨブ記25-26章、友人たちとの議論の終わり〜議論は尽きた)
1. 友人たちの議論の終わり〜議論は尽きた

・4章から始まった三人の友人たちとの議論は26章で終わる。25章にはビルダデの短い問いかけがあるが、この問いかけはヨブの疑問「神はどこにおられるのか」に答えていない。この「神の沈黙」こそヨブ記の主題である。
-ヨブ記24:12「町では、死にゆく人々が呻き、刺し貫かれた人々があえいでいるが、神はその惨状に心を留めてくださらない」。
・ビルダデも世の不条理に対する神の沈黙にどう答えて良いのかを知らないのだ。だから彼は神の偉大さと人間の卑小さを対比し,偉大な神に異議申し立てをするヨブを不遜、傲慢と呼ぶことしか出来ない。
-ヨブ記25:1-6「シュア人ビルダドは答えた。恐るべき支配の力を神は御もとにそなえ、天の最も高いところに平和を打ち立てられる。まことにその軍勢は数限りなく、その光はすべての人の上に昇る。どうして、人が神の前に正しくありえよう。どうして、女から生まれた者が清くありえよう。月すらも神の前では輝かず、星も神の目には清らかではない。まして人間は蛆虫、人の子は虫けらにすぎない」。
・人は虫けらに過ぎない.しかしその人を神は「ご自分にかたどって創造され、全地の支配権を与えられた」(創世記1:27-28)。神は人間の叫びを聞いてくださる,その信仰をビルダデは忘れてしまっている。
-詩編8:4-7「あなたの天を、あなたの指の業を、私は仰ぎます。月も、星も、あなたが配置なさったもの。そのあなたが御心に留めてくださるとは、人間は何ものなのでしょう。人の子は何ものなのでしょう、あなたが顧みてくださるとは。神に僅かに劣るものとして人を造り、なお、栄光と威光を冠としていただかせ、御手によって造られたものをすべて治めるようにその足もとに置かれました」。

2. ヨブの反論〜神についてもっと知りたいのに

・26章はヨブのビルダデに対する反論である。彼は最初に言う「あなたたちは多言を費やして,自分たちの信じることを述べてきた。しかしそれが助けを求める人の助けになり得たのか。無力な腕を励ましたのか」。多くの議論がただ議論のために為され,他者の助けになっていない事実を私たちも知るべきだ。
-ヨブ記26:2-4「あなた自身はどんな助けを力のない者に与え、どんな救いを無力な腕にもたらしたというのか。どんな忠告を知恵のない者に与え、どんな策を多くの人に授けたというのか。誰の言葉を取り次いで語っているのか。誰の息吹があなたを通して吹いているのか」。
・ある人は注釈する「ヨブ記は、単なる信仰の書として読むと本質が見えてこないし、分からない。本論はたしかに神学論争のようだが、カンセリングの失敗例の逐語録として読むと文脈が良く理解できる。律法主義者ヨブが、苦悩・絶望を通して神と出会い、癒されて、真に自由な自立した信仰者ヨブとなった物語なのだ」(江礼宮夫・聖書の呼ぶ声)。
-「Loving Each Other」より「私の話しを聞いて下さいと頼むと、あなたは助言をはじめます。私はそんな事を望んではいないのです。私の話しを聞いて下さいと頼むと、あなたはその理由について話し始めます。申し訳ないとは思いつつ、私は 不愉快になってしまいます。私の話しを聞いて下さいと頼むと、あなたは何とかして私の悩みを解決しなければという気になります。おかしなことに、それは私の気持ちに反するのです。祈ることに慰めを見出す人がいるのはそのためでしょうか。神は 無言だからです。助言したり、調整しようとはしません。神は聴くだけで、悩みの解決は自分に任せてくれます。だから あなたもどうか、黙って 心静かに私の話しを聞いて下さい。話しをしたかったら、私が話し終わるまで、少しだけ 待って下さい。そうすれば 私は必ず、あなたの話しに、耳を傾けます」。
・ヨブはビルダデの忠告をはねつけたが,彼自身は神の偉大さを疑ったたりしていない。むしろヨブは神の偉大さを知っている。彼は陰府も地上も天上も支配される神の権能について,当時の宇宙観の中で語り始める。
-ヨブ記26:5-11「亡者たち、陰府の淵に住む者たちは、水の底でのたうち回る。陰府も神の前ではあらわであり、滅びの国も覆われてはいない。神は聖なる山を茫漠としたさかいに横たわらせ、大地を空虚の上につるされた。密雲の中に水を蓄えられても、雲の底は裂けない。神は御自分の雲を広げて、玉座を覆い隠される。原始の海の面に円を描いて、光と暗黒との境とされる。天の柱は揺らぎ、その叱咤に動転する」。
・ヨブは神の偉大さをその創造に遡って讃美する。暗黒の中に光りあれといわれた神は、陸から水を引かせ、海の怪物ラハブを制御して、秩序を造られた。天においては竜(レビヤタン)を諫めて平和を創造された。
-ヨブ記26:12-13「神は御力をもって海を制し、英知をもってラハブを打たれた。風をもって天をぬぐい、御手は逃げる大蛇(レビヤタン)を刺し貫いた」。
・神の偉大さはヨブも承知しているが、その神にどこに行けば会えるのか、わからないことにヨブの苦悩がある。
-ヨブ記26:14「だが、これらは神の道のほんの一端。神について私たちの聞きえることは何と僅かなことか。その雷鳴の力強さを誰が悟りえよう」。
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