すべて重荷を負うて苦労している者は、私のもとに来なさい。

トップ  >  ヨブ記  >  2012年6月14日祈祷会(ヨブ記4章、友人エリパズの慰め)
1.友人エリパズの慰め

・ヨブは自分の財産を全て失っても信仰に固く立ち、次々に子を取り去られるという苦難を受けても、絶望しなかった。さらに彼自身が忌まわしい病気を与えられ、妻から見放されても、ヨブは崩れなかった。しかし三人の友がヨブの災いを聞いて、慰めるために、遠方より来た時、彼は生まれた日を呪い始める。
−ヨブ記2:11-3:2「ヨブと親しいテマン人エリファズ、シュア人ビルダド、ナアマ人ツォファルの三人は、ヨブにふりかかった災難の一部始終を聞くと、見舞い慰めようと相談して、それぞれの国からやって来た。遠くからヨブを見ると、それと見分けられないほどの姿になっていたので、嘆きの声をあげ、衣を裂き、天に向かって塵を振りまき、頭にかぶった。彼らは七日七晩、ヨブと共に地面に座っていたが、その激しい苦痛を見ると、話しかけることもできなかった。やがてヨブは口を開き、自分の生まれた日を呪って、言った」。
・ヨブは自分の生まれた日を呪い、自分が死産であれば良かったと嘆き、さらに「何故死なせてくださらないのか」と神に恨み言を言う。彼は言う「何故人生は苦しみながら生きなければいけないのか。この苦しみにどのような意味があるのか」。それに対してまず年長の友人エリパズが反論する。それが4章以下のヨブと友人たちの議論だ。
ヨブ記4:1-6「テマン人エリファズは話し始めた『あえて一言、言ってみよう・・・誰がものを言わずにいられようか。あなたは多くの人を諭し、力を失った手を強めてきた。あなたの言葉は倒れる人を起こし、くずおれる膝に力を与えたものだった。だが、そのあなたの上に何事かふりかかると、あなたは弱ってしまう。それがあなたの身に及ぶと、怯える。神を畏れる生き方があなたの頼みではなかったのか。完全な道を歩むことがあなたの希望ではなかったのか』」。

2.慰めが叱責になる

・エリパズの言葉は、表面は激励であるが、実質は叱責である。「あなたの信仰はどこに行ったのか」と彼は責める。エリパズの言葉は余りにも無神経だ。彼は観覧席からヨブを見下ろしている。「慰める」の英語=sympathyはギリシャ語の「sym(ともに)」と「pathein(苦しむ)」、同様の「compassion」は、ラテン語の「con(ともに)」と「passus(苦しみを受けた)」である。エリパズに「共に」という姿勢がないのは、次に来る文節を見ても明らかだ。彼は子を亡くして苦しむヨブに、彼が罪を犯したからこのような災いを受けるのだと責め立てる。
−ヨブ記4:7-11「考えてみなさい。罪のない人が滅ぼされ、正しい人が絶たれたことがあるかどうか。私の見てきたところでは、災いを耕し、労苦を蒔く者が、災いと労苦を収穫することになっている。彼らは神の息によって滅び、怒りの息吹によって消えうせる。獅子がほえうなっても、その子らの牙は折られてしまう。雄が獲物がなくて滅びれば、雌の子らはちりぢりにされる」。
・エリパズの主張は因果応報論である。あなたが罪を犯した故にあなたの財産は取り去られ、子供たちも死んでしまった。私たちもこのような建前論で苦しんでいる人をさらに苦しめる存在だ。しかもエリパズは自分の言葉は神の啓示を受けたと主張し、ヨブに反論を許さない。
−ヨブ記4:12-20「忍び寄る言葉があり、私の耳はそれをかすかに聞いた。夜の幻が人を惑わし、深い眠りが人を包むころ、恐れとおののきが臨み、私の骨はことごとく震えた・・・何ものか、立ち止まったが、その姿を見分けることはできなかった。ただ、目の前にひとつの形があり、沈黙があり、声が聞こえた。『人が神より正しくありえようか。造り主より清くありえようか。神はその僕たちをも信頼せず、御使いたちをさえ賞賛されない。まして人は、塵の中に基を置く土の家に住む者。しみに食い荒らされるように、崩れ去る。日の出から日の入りまでに打ち砕かれ、心に留める者もないままに、永久に滅び去る』。
・世の中はエリパズのような偽善者や裁き人であふれている。マタイはイエスに対して「彼は争わず、叫ばず、その声を聞く者は大通りにはいない。正義を勝利に導くまで、彼は傷ついた葦を折らず、くすぶる灯心を消さない」(マタイ12:19-20)と表現した。しかし人間は違う。マザー・テレサは言う「人々は、非論理的で自己中心的です。もし、良いことをすれば、人々は自分勝手だとか、何か隠された動機があるはずだ、と非難します。あなたがした良い行いは、明日には忘れられます。ほんとうに助けが必要な人々を助けたら、彼らに襲われてしまうかもしれません。それでも良いことをしなさい」。
・良いことをしても必ずしも報われない社会に私たちは生きている。ケビン・カーターは南アフリカ出身のカメラマンで、1993年3月、内戦と飢餓に苦しむスーダン南部を取材していた時、「飢えでしゃがみこみ、両手で目を覆う少女の背後に今にも襲おうとする1羽のハゲワシ」を見た。彼はそれを写真に取り、写真はニューヨーク・タイムズに掲載され、1994度のピュリッツァー賞を受賞した。この写真が新聞に掲載されて以来、彼には非難の声が殺到する「なぜ、カメラマンは少女を助けなかったのか」。受賞から1ヶ月後の1994年7月、彼はヨハネスブルグ郊外で自殺する。彼はスーダンの悲劇を伝えるために、この写真を撮った。彼は良いことをしたのに報われず、死んでいく。裁くのは神だけであるのに、いつの間にか人が神のようになって他者を裁く。その裁きは「傷ついた葦を折り、くすぶる灯心を消す」ような、裁きだ。教会はこのような世にあって、「傷ついた葦を折らず、くすぶる灯心を消さない」生き方を求める場所だ。
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