すべて重荷を負うて苦労している者は、私のもとに来なさい。

トップ  >  ヨブ記  >  2012年5月31日祈祷会(ヨブ記2章、さらなる苦難が与えられる)
1.さらなる苦難

・苦難に会う時、日本人は言う「神も仏もいないのか」。神の存在が当然の前提であるユダヤ人はそう言わない。数々の苦難を与えられてもヨブはつぶやかなかった。彼は言う「私は裸で母の胎を出た。裸でそこに帰ろう」。
−ヨブ記1:20-21「ヨブは立ち上がり、衣を裂き、髪をそり落とし、地にひれ伏して言った『私は裸で母の胎を出た。裸でそこに帰ろう。主は与え、主は奪う。主の御名はほめたたえられよ』」。
・しかしヨブはまだ最悪を経験していない。サタンは言う「人は自分の命のためには全財産を差し出す。彼は財産を失い、子どもを失ったかもしれない。しかし彼自身は何の害も受けていない」。ヨブに新たな苦難が用意される。
−ヨブ記2:1-6「主の前に神の使いたちが集まり、サタンも来て、主の前に進み出た・・・ 主はサタンに言われた『お前は私の僕ヨブに気づいたか。地上に彼ほどの者はいまい。無垢な正しい人で、神を畏れ、悪を避けて生きている。お前は理由もなく、私を唆して彼を破滅させようとしたが、彼はどこまでも無垢だ』。サタンは答えた『皮には皮を、と申します。まして命のためには全財産を差し出すものです。手を伸ばして彼の骨と肉に触れてごらんなさい。面と向かってあなたを呪うにちがいありません』。主はサタンに言われた『それでは、彼をお前のいいようにするがよい。ただし、命だけは奪うな』」。
・「皮には皮を」は原文では「皮の奥に皮が」、人は自分の命を救うためであれば平気で他人の命を差し出す。アダムはイブが与えられた時、彼女を「肉の肉、骨の骨」と喜ぶが、イブが過ちを犯し、その咎が自分に向けられた時、見捨てて言う「あなたが妻を与えなかったら私は罪を犯さなかった」と。私が悪いのではない、私たちは常に弁解する。
−創世記3:11-12「神は言われた『お前が裸であることを誰が告げたのか。取って食べるなと命じた木から食べたのか』。 アダムは答えた『あなたが私と共にいるようにしてくださった女が、木から取って与えたので、食べました』」。
・ヨブに与えられた苦しみは「らい病」であった。その病気は肉が崩れ、腐臭を放ち、感染するので、忌み嫌われ、また天刑病=罪の報いと信じられていた。知恵者、義人と尊敬されていたヨブが、周りの人から卑しみと軽蔑の目で見られるようになる。ヨブは家を離れ、塵の上に座って嘆く。
−ヨブ記2:7-8「サタンは主の前から出て行った。サタンはヨブに手を下し、頭のてっぺんから足の裏までひどい皮膚病にかからせた。ヨブは灰の中に座り、素焼きのかけらで体中をかきむしった」。

2.ヨブが崩れ始める

・彼の妻は「神を呪って死になさい」と冷たく突き放す。らい病者は神に呪われた者、妻さえもそのような目で彼を見る。しかしヨブはまだ崩れない。彼は言う「幸いが神から来るのであれば災も受けるべきではないか」。
−ヨブ記2:9-10「彼の妻は『どこまでも無垢でいるのですか。神を呪って、死ぬ方がましでしょう』と言ったが、ヨブは答えた『お前まで愚かなことを言うのか。私たちは、神から幸福をいただいたのだから、不幸もいただこうではないか』。このようになっても、彼は唇をもって罪を犯すことをしなかった」。
・その時、ヨブの三人の友がヨブの災いを聞いて、彼を慰めるために遠方より来る。三人は変わり果てたヨブの姿を見て、言葉を失ってしまった。
−ヨブ記2:11-12「ヨブと親しいテマン人エリファズ、シュア人ビルダド、ナアマ人ツォファルの三人は、ヨブにふりかかった災難の一部始終を聞くと、見舞い慰めようと相談して、それぞれの国からやって来た。遠くからヨブを見ると、それと見分けられないほどの姿になっていたので、嘆きの声をあげ、衣を裂き、天に向かって塵を振りまき、頭にかぶった。彼らは七日七晩、ヨブと共に地面に座っていたが、その激しい苦痛を見ると、話しかけることもできなかった」。
・これまで平静を保っていたヨブが三人の無言の慰めに接して終に折れる。彼は自分の生まれた日を呪い始める。今まで隠されていた彼の怒り、彼の神に対する不満が爆発し始める。「ここでのヨブは誕生日を呪っているのではない。その背後の者、神を呪い始めている」と関根正雄は言う。
−ヨブ記3:1-4「やがてヨブは口を開き、自分の生まれた日を呪って、言った「わたしの生まれた日は消えうせよ。男の子をみごもったことを告げた夜も。その日は闇となれ。神が上から顧みることなく、光もこれを輝かすな」。
・その契機になったのは三人の友の来訪である。慰めようとする友人たちの言葉に応答しながら、彼の感情は高ぶっていく。人は病気そのものよりも、その病気を通して見える気持ち(「罪を犯したからこのような罰を受けたのだ」という無言の問責)に傷つく。これまでのヨブは表面を取り繕っていた。しかし、無言の問責を受けて気持ちが崩れた。人を傷つけるのは人の視線と言葉ではないだろうか。
−ヤコブ3:6-8「舌は火です。舌は不義の世界です。私たちの体の器官の一つで、全身を汚し、移り変わる人生を焼き尽くし、自らも地獄の火によって燃やされます。あらゆる種類の獣や鳥、また這うものや海の生き物は、人間によって制御されていますし、これまでも制御されてきました。しかし、舌を制御できる人は一人もいません。舌は、疲れを知らない悪で、死をもたらす毒に満ちています」。

*ヨブ記2章参考資料 C.G.ユング「ヨブへの答えANTWORT AUF HIOB」

1.みすず書房・出版社からの紹介

・旧約聖書の「ヨブ記」は、たえず人々の関心を引きつけてきた。行ないの正しいヨブが、なぜ子供を殺され、財産を失い、不治の病いにかからねばならなかったのか。しかも、サタンの誘いに神がのってヨブを試した結果として。ユングの感受性は何よりもまず「ヨブ記」の異様な雰囲気に引き寄せられる。そこでは聖書の中で他に類を見ないことが起こっている。人が神に異を唱え、反抗しているのである。神との確執の中でヨブが見たものは、神の野蛮で恐ろしい悪の側面であった。ヨブは神自身でさえ気づいていない神の暗黒面を意識化したのである。
・ここでユングは独創的な見解を打ち出す。神は人間ヨブが彼を追い越したことをひそかに認め、人間の水準にまで追いつかなければならないことを知った。そこで神は人間に生まれ変わらなければならない、というのだ。ここにイエスの誕生につながる問題がある。旧約と新約の世界にまたがる神と人間のドラマを、意識と無意識のダイナミックなせめぎあいを通して、ユングは雄大に描いている。「ユングの数ある著作の中でも最高傑作」と訳者が呼ぶのも至当であろう。
・Carl Gustav Jung
スイスのケスヴィルに牧師の子として生れる。バーゼル大学医学部卒業後、チューリッヒ大学の精神科でブロイラーの指導を受ける。フランスに留学しジャネの下で研究、帰国後、言語連想実験による研究を発表し有名になる。1907年フロイトと知り合い、精神分析学の発展に寄与するが、1913年に訣別、独自の分析心理学を創始する。精神病、夢、神話などの研究を通じ無意識の構造を明らかにする。後にイメージやシンボルの研究によって人間の宗教性の問題を深く追究する。

2.ある書評から

・ユングの「ヨブへの答え」は、聖書の心理学的な読み解きである。神と人の葛藤のドラマとも言える。ヨブは神を畏れ敬う勤勉なまじめな人物だった。この人物にサタンが目をつける。「ヨブは敬虔な男だと言われていますが本当にそうでしょうか、ひとつ試してみてください」。この誘いに神は乗ってしまう。それ以来ヨブは数々の不幸に見舞われる。妻と子を失い、財産を失い、不治の病に掛かって灰の上をのたうち回る。この時になってヨブは、初めて旧約の神に異議申し立てを行う。あなたはなぜ、真面目に生きてきた私に不義を行うのですか。神はそのとき自分の被造物を見せて自分の力の絶大さを誇る。ヨブは口に手を当てて沈黙するしかなかった。というのが「ヨブ記」である。
・嫉妬深く怒り易い旧約の神は、心理学的には、無意識の暴発した形と捉えなおすことができる。それまで誰も神の暴挙に対して旧約で異議申し立てをした人物はいなかった。神という無意識の暴発に対して、ヨブという小さな人間が、意識の立場から異議申し立てを行った。ヨブの問いかけに対して、神の反省と応答が始まった。最初、神の反応は知恵文学という形で聖書に現れた。神は自分の剛直な頑なさを反省して、知恵という女性性で人間に答え始めた。次に聖書において、預言者たちの預言のなかでの神の子、人の子の登場が、神側からの反応として見られるようになる。
・けれども「神は情け知らずで無慈悲ではないか」というヨブの問いかけへの決定的な答えがもたらされる。それは、神が自ら人間となってこの世に生れ出て、人間の苦しみ悲しみを自ら経験して天に帰る、そのことで怒れる神の愛の神への完全な変化が行われるというものだ。つまり、神は不義で無慈悲ではないかというヨブの問いかけへの最終的な答えが、イエス・キリストの誕生と生涯と受難であるとユングはいう。イエスとして苦しみを経験してようやく神は人間の苦しみ、悲しみを実感しえたのである。このようにユングは聖書を神という無意識が反省的意識を獲得する過程ととらえて、怒れる神から優しい神の転換点をヨブ記に見たのである。卓抜な聖書の読み方で、神が成長するという視点が斬新である。心理学的には大きな足跡をこの書でユングは残した。
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