すべて重荷を負うて苦労している者は、私のもとに来なさい。

トップ  >  ヨブ記  >  2012年5月24日祈祷会(ヨブ記1章、苦難の意味)
1.ヨブの物語

・ヨブ記のテーマは「苦難」である。世の中には悪人と思える人が栄え、善人とされる人が苦難の中に生涯を終えることがある。突然の災害や事故で亡くなる人も多い。そのような時、人は叫ぶ「神はいるのか、いるのであれば何故このようなことを為されるのか」。これまで多くの人が不条理の中で苦しみ、ヨブ記を読んできた。「苦難は罪の結果与えられるのか、それとも人を鍛錬するためにあるのか、あるいは意味を見出せない不条理なのか」、これから学んでいく。
・主人公ヨブは家族に恵まれ、富や地位にも恵まれ、また信仰的にも非の打ち所がない、敬虔な人であった。
−ヨブ記1:1-5「ウツの地にヨブという人がいた。無垢な正しい人で、神を畏れ、悪を避けて生きていた。七人の息子と三人の娘を持ち、羊七千匹、らくだ三千頭、牛五百くびき、雌ろば五百頭の財産があり、使用人も非常に多かった。彼は東の国一番の富豪であった。 息子たちはそれぞれ順番に、自分の家で宴会の用意をし、三人の姉妹も招いて食事をすることにしていた。この宴会が一巡りするごとに、ヨブは息子たちを呼び寄せて聖別し、朝早くから彼らの数に相当するいけにえをささげた『息子たちが罪を犯し、心の中で神を呪ったかもしれない』と思ったからである。ヨブはいつもこのようにした」。
・天上では主なる神と天使たちが会議を開いており、そこにサタンが来た。主はサタンに「ヨブほどの正しい者はいない」と誇られるが、サタンは「人は物質的な利益が与えられるから信仰するのであり、恵みを取り去れば途端に神を呪うようになる。ヨブもその例外ではない」と挑発する。神はサタンがヨブを試みることを許される。
−ヨブ記1:6-12「ある日、主の前に神の使いたちが集まり、サタンも来た。主はサタンに言われた『お前はどこから来た』。『地上を巡回しておりました。ほうぼうを歩きまわっていました』とサタンは答えた。主はサタンに言われた『お前は私の僕ヨブに気づいたか。地上に彼ほどの者はいまい。無垢な正しい人で、神を畏れ、悪を避けて生きている』。サタンは答えた『ヨブが、利益もないのに神を敬うでしょうか。あなたは彼とその一族、全財産を守っておられるではありませんか。彼の手の業をすべて祝福なさいます。お陰で、彼の家畜はその地に溢れるほどです。ひとつこの辺で、御手を伸ばして彼の財産に触れてごらんなさい。面と向かってあなたを呪うにちがいありません』。主はサタンに言われた『それでは、彼のものを一切、お前のいいようにしてみるがよい。ただし彼には、手を出すな』。サタンは主のもとから出て行った」。
・古代の人々は神の周りには天使がいて様々の役割を果たし、その中でサタンは告発者としての役割を持つと考えた。そのサタンは「人間の宗教も道徳も所詮は利己心の変形に過ぎず、人は利益なしには信仰しない」と考えていた。世の実例を見る限りその通りだと思える。闇の子(サタン)は光の子(信仰者)より賢いのである(R.ニーバー)。
−マーク・マリンズは著書「メイド・イン・ジャパンのキリスト教」で、韓国キリスト教会と対比させながら、日本のキリスト教の土着化運動を論じている。彼によれば韓国は「人口のおよそ四分の一をプロテスタントかカトリックの信者が占め、移植されたキリスト教をほぼ土着宗教とみなすことのできる国家である」。その韓国で特徴的なものは「徹夜祈祷会、悪霊払い、山中の祈祷院、癒しの儀礼」であり、マリンズは「韓国の教会を発展させた中心的な力がシャーマニズム(現世利益信仰)であろう」と述べる。

2.苦難の意味

・ヨブに苦難が与えられる。最初に彼の牛とろばが奪い取られ、次には羊が、さらにはらくだも奪われてしまう。
−ヨブ記1:13-16「ヨブのもとに、一人の召使いが報告に来た『御報告いたします。私どもが、牛に畑を耕させ、その傍らでろばに草を食べさせておりますと、シェバ人が襲いかかり、略奪していきました。牧童たちは切り殺され、私一人だけ逃げのびて参りました』。彼が話し終らないうちに、また一人が来て言った『御報告いたします。天から神の火が降って、羊も羊飼いも焼け死んでしまいました。私一人だけ逃げのびて参りました』。彼が話し終らないうちに、また一人来て言った『御報告いたします。カルデア人が三部隊に分かれてらくだの群れを襲い、奪っていきました。牧童たちは切り殺され、私一人だけ逃げのびて参りました』」。
・財産を失っただけではなく、今度も子供たちもすべて奪い取られてしまう。ヨブは茫然とする。
−ヨブ記1:18-19「彼が話し終らないうちに、更にもう一人来て言った『御報告いたします。御長男のお宅で、御子息、御息女の皆様が宴会を開いておられました。すると、荒れ野の方から大風が来て四方から吹きつけ、家は倒れ、若い方々は死んでしまわれました。私一人だけ逃げのびて参りました』」。
・今回の東北津波でも多くの人がヨブと同じ体験をした。人々は言った「神も仏もいないのか」。それに対してヨブは言う「私は裸で母の胎を出た。裸でそこに帰ろう」。しかしヨブの言葉が単なる強がりであったことはやがて明らかになる。ヨブはまだ最悪を経験していない。ヨブの本質、人間の罪が明らかになるために、さらなる苦難が用意される。
−ヨブ記1:20-21「ヨブは立ち上がり、衣を裂き、髪をそり落とし、地にひれ伏して言った。「私は裸で母の胎を出た。裸でそこに帰ろう。主は与え、主は奪う。主の御名はほめたたえられよ」。

ヨブ記1章参考資料:医師・山浦玄嗣さんの被災の証し 

「あっぱれな被災者を見た 『ケセン語訳新約聖書』著した医師・山浦玄嗣さん」という記事が朝日新聞大阪版2011年05月16日夕刊に掲載されました。岩手県大船渡市の医師山浦玄嗣(はるつぐ)さん(71)は、新約聖書の四つの福音書を地元・気仙地方の言葉に翻訳した「ケセン語訳新約聖書」の著者としても知られています。地元のカトリック教会に通う山浦さんは、東日本大震災の大津波が襲った三陸の診療室で何を見たのでしょうか。 

 3月11日午後2時46分。私が理事長の山浦医院の午後の診察が始まる時間でした。自宅のすぐ隣にある医院に入ると間もなく、大きな横揺れを感じました。揺れはいつまでも収まらず、船酔いみたいに吐き気がしてきたころ、ようやく静まりました。幸い自宅も医院も床上に浸水しただけで済みました。でも、津波でたくさんの友だちが死に、ふるさとは根こそぎ流された。黒い津波が押し寄せるのを見て、イエスが十字架で叫んだ「わたしの神よ、わたしの神よ、なぜわたしをお見捨てになるのか?」を思い出しました。この一節は当時よく知られた詩の冒頭で「あなたに依(よ)り頼んで、裏切られたことはない」と締めくくられます。イエスは力尽きて、最後まで口にできなかったとされています。苦悩のなかで毒づきながら、それでも神への信頼は揺るがない。私も同じです。 

 重油と下水と魚の死骸が混じった真っ黒で粘っこい泥をなんとか片づけ、14日の月曜日から医院を開けました。津波の後には寒い日が続きました。患者さんは停電し暗い待合室で、私が用意した毛布にくるまっていました。60人はいたでしょうか。患者さんには薬が必要なのです。不通になった鉄道の線路伝いに、家族のため雪で真っ白になり2時間かけ歩いてきたおじさんがいました。「遠いところ悪いが、5日分しか出せないよ」と言うと、ひとこと「ありがたい」。2時間かけて帰っていきました。もっと欲しいと言った患者さんもいます。でも「薬はこれだけしかない」と諭すと、はっとした顔になり「おれの分を減らして、ほかの人に」と譲りあってくれました。「ががぁ(妻を)、死なせた」、目を真っ赤にしながらも涙をこらえた人。「助かってよかったなあ」と声をかけると、「おれよりも立派な人がたくさん死んだ。申し訳ない」と頭を下げた人。気をつけて聞いていましたが、だれひとり「なんで、こんな目に遭わないといけねえんだ」と言った人はいません。そんな問いかけは、この人たちには意味がありません。答えなんかないのです。この人たちが罪深いから被災したのでもありません。災難を因果応報ととらえる考えに、イエスは反対しています。 

 人はみんな死にます。しかも、死はどれも理不尽なのです。でも、無駄な死はひとつもありません。死には必ず意味があります。診療室の人たちは不遇を嘆くのではなく、多くの死者が出た今回の出来事から何かを聞き取ろうとしていたのかもしれません。必要以上に持ち上げるつもりはありません。しかし、あのつらいなか、意味のない問いかけをすることなく、人のために何ができるか、本当に生き生きとした喜びを感じるには何をすればいいのかと、懸命に生きていました。あっぱれな人たちに、私は出会えたのです。
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