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トップ  >  詩編  >  2012年3月28日祈祷会(詩篇135編、自然と歴史を通して導かれる神)
1.自然と歴史を通して導かれる神

・詩篇135編は第二神殿時代の典礼歌であろう。祭司が礼拝に集まった民衆に「主を賛美せよ」と呼びかける。
−詩篇135:1-3「ハレルヤ。賛美せよ、主の御名を、賛美せよ、主の僕らよ。主の家に、私たちの神の家の庭に居並ぶ人々よ。主を賛美せよ、恵み深い主を。喜ばしい御名をほめ歌え」。
・それに呼応して人々が歌い始める「主はヤコブを御自分のために選び、イスラエルを御自分の宝とされた」。
詩篇135:4-5「主はヤコブを御自分のために選び、イスラエルを御自分の宝とされた。私は確かに知った、主は大いなる方。私たちの主は、どの神にもまさって大いなる方」。
・主は天地を創造され、保持される。当時の人々は自然の中に神の息吹を感じた。
−詩篇135:6-7「天において、地において、海とすべての深淵において、主は何事をも御旨のままに行われる。地の果てに雨雲を湧き上がらせ、稲妻を放って雨を降らせ、風を倉から送り出される」。
・主は私たちをエジプトから導き出し、カナンの地を嗣業の地としてお与え下さったと詩人は賛美を続ける。
−詩篇135:8-12「主はエジプトの初子をことごとく人の子も家畜の子も撃ち、エジプト中にしるしと奇跡を送られた・・・主は多くの国を撃ち、強大な王らを倒された。アモリ人の王シホン、バシャンの王オグを、カナンの王国をことごとく。彼らの領地を嗣業として、嗣業として御自分の民イスラエルに与えられた」。
・異邦の神々は偶像の神だ。彼らは話すことも見ることも聞くこともできない。しかし私たちの主は違う。この箇所は詩篇115:4-8と同じくイザヤ44章からの引用である。そのことから詩篇の年代は捕囚帰還後と推測される。
−詩篇135:15-18「国々の偶像は金や銀にすぎず、人間の手が造ったもの。口があっても話せず、目があっても見えない。耳があっても聞こえ・・・ない。偶像を造り、それに依り頼む者は皆、偶像と同じようになる」。
・最後に賛美せよとの大合唱で詩篇135編は締め括られる。短い中で四度も「主を讃えよ」と繰り返される。
−詩篇135:19-21「イスラエルの家よ、主をたたえよ。アロンの家よ、主をたたえよ。レビの家よ、主をたたえよ。主を畏れる人よ、主をたたえよ。シオンから、主をたたえよ、エルサレムにいます主を。ハレルヤ」。

2.捕囚後も神への信仰を維持できたのは何故だろうか

・詩篇135編は天地を創造し、エジプトから救い、カナンの地を嗣業として与えられた神を賛美する。しかし今の彼らは国を滅ぼされて離散し、嗣業の地は異邦人の支配下にある。彼らは主を恨むのが当然の環境にあるのに、主を賛美する。他方現代人はアウシュビッツや広島を通じて「神などいない」と思い始めている。何が両者を分けたのか、イスラエルの民は預言者を通して、苦難を主からの試練と受け取ることが出来たからではないか。
−哀歌3:37-38「誰が『あれ』といってあらしめえようか。主が命じられることではないか。災いも、幸いも、いと高き神の命令によるものではないか」。
・詩篇135編の詩人は自然の中に神の息吹を感じている。しかし、現代人は風や雨や稲妻の起こるメカニズムを知っている。自然は神の表象ではなくなった。その結果、自然への畏敬の念が薄れ、そのことが今回の大震災の被害を拡大した。日本列島は地震と噴火と津波と台風のリスクにつねにさらされている。天災は列島住民にとって不可避の運命である。しかし、今回の大震災では原子力発電所の被災とそれに伴う放射能汚染を回避できなかった。被害を大きくしたのは人災だ。人間は自ら制御できないものを制御できると過信したからである。
−ティリッヒ・地の基震える「人間は地の基を震い動かす力を創造的な目的のために、進歩のために、平和と幸福のために用いることができると考えてきた。人間は何故神の創造の業を継承できないのか、何故神になってはいけないのかと問いかけてきた・・・そして人間はその力をワルシャワ、広島、ベルリンで用いてきた。その結果、何が起きたのか」。
・現代人は単純に神を信じることができなくなっている。詩篇135編はその私たちに向かって「主を信ぜよ」、「主を讃えよ」と呼びかける。讃えることができない状況下で彼は神に出会っているからだ。エレミヤはエルサレム滅亡の只中で土地を買うように命じられた。そして従った。私たちも従う時に神の偉大な業に出会う。
−エレミヤ32:21-25「あなたは・・・あなたの民イスラエルをエジプトの国から導き出され・・・この土地を彼らに賜りました・・・ところが、彼らは・・・あなたの声に聞き従わず・・・あなたは彼らにこの災いをくだされました・・・間もなくこの都は剣、飢饉、疫病のゆえに、攻め囲んでいるカルデア人の手に落ちようとしています・・・それにもかかわらず、主なる神よ、あなたは私に銀で畑を買い、証人を立てよと言われました。この都がカルデア人の手に落ちようとしているこのときにです」。
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