すべて重荷を負うて苦労している者は、私のもとに来なさい。

トップ  >  ホセア書  >  2012年3月15日祈祷会(ホセア6章、自己崩壊していくイスラエル)
1.王国末期のイスラエルの現実

・ソロモン王の死後、イスラエルは南北に分裂し、北王国イスラエルと南王国ユダはそれぞれの道を歩み始めたが、その頃メソポタミヤに興ったアッシリア帝国の動向が両国の政治を大きく揺るがし始める。紀元前745年に即位したアッシリア王ティグラテピレセル三世は、西オリエント全体を強権支配しようとし、イスラエルとシリアは同盟を結んでアッシリアに抵抗する。両国はユダを同盟に誘うがユダは参加せず、シリア・イスラエル同盟軍は大軍でエルサレムを囲む。ユダ王アハズはアッシリアに支援を求め、アッシリアはパレスチナに攻め入り、シリアは滅ぼされた(紀元前733年)。アッシリア侵攻という危機の中でイスラエル国内ではクーデターが起こり、ペカ王は殺され、新しく王となったホセア王はアッシリアに降伏、多額の貢物を贈って国の滅亡を免れた。しかし国土の三分の二は失われた。その政治的危機の中でイスラエルは悔い改めの声を上げる。それが6章1-3節の記述だ。
−ホセア6:1-3「さあ、我々は主のもとに帰ろう。主は我々を引き裂かれたが、いやし、我々を打たれたが、傷を包んでくださる。二日の後、主は我々を生かし、三日目に、立ち上がらせてくださる。我々は御前に生きる。我々は主を知ろう。主を知ることを追い求めよう。主は曙の光のように必ず現れ、降り注ぐ雨のように、大地を潤す春雨のように、我々を訪れてくださる」。
・預言者ホセアは民の悔い改めを表面的なものとして拒否する「あなた方の愛は朝の霧、露のようなものですぐに消え失せる。あなた方は本心から悔い改めていない。主なる神はあなた方を切り倒し、滅ぼされるだろう。本当に悔い改めるためにあなた方をさらに追いつめると主は言われる」と。罪を償うとはそんなに安価なものではないと。
−ホセア6:4-5「エフライムよ、私はお前をどうしたらよいのか。ユダよ、お前をどうしたらよいのか。お前たちの愛は朝の霧、すぐに消えうせる露のようだ。それゆえ、私は彼らを預言者たちによって切り倒し、私の口の言葉をもって滅ぼす。私の行う裁きは光のように現れる」。
・神が本当に求められるのは真心からの悔い改めだ。犠牲を捧げ、礼拝を捧げても、真心がない限り顧みられることはない。神は動物の犠牲など必要とされない。ただ焼き尽くす捧げものを捧げる人間の心を見られるだけだ。
−ホセア6:6「私が喜ぶのは愛であっていけにえではなく、神を知ることであって焼き尽くす献げ物ではない」。

2.イスラエルの罪

・7節からイスラエルの罪について具体例が列挙される。アダムは地名でここに鋳造所があったとされるから、「契約を破り」とはそこで偶像を鋳造したことを指すのであろう。ギレアデの地ではペカヒア王が殺されている。政権を奪うために血が流された。シケムは聖所があった所で、祭司たちも陰謀に加わり、反対派を殺している。王国末期のイスラエルでは25年間に即位した王6人のうち、4人が殺害されている。イスラエルは紀元前723年にアッシリア帝国の攻撃で滅亡するが、実は既に内部から崩壊していた。
−ホセア6:7-9「彼らはアダムで契約を破り、そこで私を裏切った。ギレアドは悪を行う者どもの住みか、流血の罪を犯した者の足跡がしるされている。祭司の一団は待ち伏せる強盗のようにシケムへの道で人を殺す。なんという悪事を彼らは行うことか」。
・イスラエルもユダも罪を犯した。二つの国はその罪の実を刈り取るであろうとホセアは預言する。
−ホセア6:10-11「イスラエルの家に、恐るべきことを私は見た。そこでエフライムは姦淫をし、イスラエルは自分を汚した。ユダよ、お前にも刈り取られる時が定められている」。
・ルカ福音書15章に描かれる放蕩息子が悔い改めたのは餓死寸前まで追い詰められた時だ。神は私たちを救うために私たちをぎりぎりまで追い詰められる。その時ある人は悔い改めて救われ、別の人は絶望して死ぬ。その分かれ目は帰る所(父の家=神)があるかどうかだ。ホセアの批判と勧告にもかかわらず、北イスラエルの民は信仰と生き方の原点に立ち帰ろうとせず、歴史の舞台から消え去った。
−ルカ15:13-18「下の息子は・・・放蕩の限りを尽くして、財産を無駄使いしてしまった。何もかも使い果たしたとき、その地方にひどい飢饉が起こって、彼は食べるにも困り始めた・・・彼は豚の食べるいなご豆を食べてでも腹を満たしたかったが、食べ物をくれる人はだれもいなかった。そこで、彼は我に返って言った『父のところでは、あんなに大勢の雇い人に、有り余るほどパンがあるのに、私はここで飢え死にしそうだ。ここをたち、父のところに行って言おう“お父さん、私は天に対しても、またお父さんに対しても罪を犯しました”』」。
・神のみ心にかなった苦しみは人を生かし、世の悲しみは人を殺す。私たちが知るべき真理だ。
−競灰螢鵐7:10「神の御心に適った悲しみは、取り消されることのない救いに通じる悔い改めを生じさせ、世の悲しみは死をもたらします」。
プリンタ用画面
友達に伝える
前
2012年3月8日祈祷会(ホセア5章、国家滅亡の危機の中で)
カテゴリートップ
ホセア書
次
2012年3月22日祈祷会(ホセア7章、歴史の告発)