すべて重荷を負うて苦労している者は、私のもとに来なさい。

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1.捕囚帰還後の苦難の中で

・本編はダビデ王朝の回復を願った捕囚帰還後の歌であろう。バビロンによるイスラエル征服でダビデ王朝は断絶し、以降イスラエルは外国支配に甘んじてきた。人々は王朝の回復=植民地支配からの解放を願ってきたが適わなかった。そのことが祈りとしてここに表明されているのであろう。最初にダビデが神の箱(契約の箱、そこに主が臨在すると信じられてきた)を安置する場所として神殿を立てる願いを強く持っていたことが想起される。
−詩篇132:1-5「主よ、御心に留めてください。ダビデがいかに謙虚にふるまったかを。彼は主に誓い、ヤコブの勇者である神に願をかけました『私は決して私の家に天幕に入らず、私の寝室に寝床に上らず、私の目に眠りを与えず、まぶたにまどろむことを許すまい。主のために一つの場所を見いだし、ヤコブの勇者である神のために、神のいます所を定めるまでは』」。
・ダビデは何度も神殿を立てようと計画したが適わず、神殿が建てられたのはソロモン時代であった。しかし主はダビデの熱心を認め、ダビデ王家は永遠に続くと約束された。詩人はその約束を思い起こしている。
−サムエル記下7:11-16「主があなたのために家を興す。あなたが生涯を終え、先祖と共に眠るとき、あなたの身から出る子孫に跡を継がせ、その王国を揺るぎないものとする・・・あなたの家、あなたの王国は、あなたの行く手にとこしえに続き、あなたの王座はとこしえに堅く据えられる」。
・次にダビデが契約の箱をエフラタ(ベツレヘム)から運び出し、エルサレムに置いた次第が語られる。ダビデは契約の箱をエルサレムに運びあげた時、喜びのあまり踊ったと伝えられている(サムエル記下6:14)。
−詩篇132:6-9「見よ、私たちは聞いた。それがエフラタにとどまっていると。ヤアルの野で私たちはそれを見いだした。私たちは主のいます所に行き、御足を置かれる所に向かって伏し拝もう。主よ、立ち上がり、あなたの憩いの地にお進みください。あなた御自身も、そして御力を示す神の箱も。あなたに仕える祭司らは正義を衣としてまとい、あなたの慈しみに生きる人々は喜びの叫びをあげるでしょう」。
・ダビデは神殿を建てるだけの財政力と政治力を持っていたが、彼自身は神殿を立てなかった。主がそれを求めておられないと知らされたからだ(サムエル記下7:5-7)。パウロも伝道旅行の時、計画が阻まれ、変更を余儀なくされた時、それを主の御心として受け入れている。自分たちの計画を推し進めるのではなく、主の御心に適わなければそれを変更していくのもまた信仰なのである。
−使徒16:6-10「彼らはアジア州で御言葉を語ることを聖霊から禁じられたので、フリギア・ガラテヤ地方を通って行った・・・ビティニア州に入ろうとしたが、イエスの霊がそれを許さなかった・・・その夜、パウロは幻を見た。その中で一人のマケドニア人が立って『マケドニア州に渡って来て、私たちを助けてください』と言ってパウロに願った。パウロがこの幻を見たとき、私たちはすぐにマケドニアへ向けて出発することにした。マケドニア人に福音を告げ知らせるために、神が私たちを召されているのだと、確信するに至ったからである」。

2.メシア待望の歌

・10節から詩人は、「ダビデとの契約を思い起こして下さい。彼こそあなたが油注がれた人でありました」と主に再度の懇願を行う。11−12節はサムエル記・ダビデ契約の引用である。
−詩篇132:10-12「ダビデはあなたの僕、あなたが油注がれたこの人を、決してお見捨てになりませんように。主はダビデに誓われました。それはまこと。思い返されることはありません『あなたのもうけた子らの中から、王座を継ぐ者を定める。あなたの子らが私の契約と私が教える定めを守るなら、彼らの子らも、永遠にあなたの王座につく者となる』」。
・最後にシオンの解放が祈られる「主よ、シオンはあなたが住まれる所、私たちはあなたの民です。しかし今このシオンは異邦人に占領され、ダビデの裔はいません。主よ、どうかダビデの裔を、メシアを遣わしてあなたの栄光を再び輝かせて下さい」と。
−詩篇132:13-18「主はシオンを選び、そこに住むことを定められました『これは永遠に私の憩いの地。ここに住むことを私は定める。シオンの食糧を豊かに祝福し、乏しい者に飽きるほどのパンを与えよう。祭司らには、救いを衣としてまとわせる。私の慈しみに生きる人は喜びの叫びを高くあげるであろう。ダビデのために一つの角をそこに芽生えさせる。私が油を注いだ者のために一つの灯を備える。彼の敵には、恥を衣としてまとわせる。王冠はダビデの上に花開くであろう』」。
・新約聖書はこの待望されたメシアこそ「イエス・キリスト」だと証言する。ルカはバプテスマのヨハネの父ザカリアの口を借りてその信仰を告白する。
−ルカ1:68-75「主はその民を訪れて解放し、我らのために救いの角を、僕ダビデの家から起こされた。昔から聖なる預言者たちの口を通して語られた通りに。それは、我らの敵、すべて我らを憎む者の手からの救い。主は我らの先祖を憐れみ、その聖なる契約を覚えていてくださる。これは我らの父アブラハムに立てられた誓い。こうして我らは、敵の手から救われ、恐れなく主に仕える、生涯、主の御前に清く正しく」。
・イエスが復活された時、弟子たちが期待したのも、その時が来たとの思いだった。しかし弟子たちは宣言される「その時がいつかは父なる神が定められる。あなた方は福音を伝えて待て」と。
−使徒1:6-11「使徒たちは集まって『主よ、イスラエルのために国を建て直してくださるのは、この時ですか』と尋ねた。イエスは言われた『父が御自分の権威をもってお定めになった時や時期は、あなたがたの知るところではない。あなたがたの上に聖霊が降ると、あなたがたは力を受ける。そして、エルサレムばかりでなく、ユダヤとサマリアの全土で、また、地の果てに至るまで、私の証人となる』。こう話し終わると、イエスは彼らが見ているうちに天に上げられた・・・イエスが離れ去って行かれるとき、彼らは天を見つめていた。すると、白い服を着た二人の人がそばに立って、言った『ガリラヤの人たち、なぜ天を見上げて立っているのか。あなたがたから離れて天に上げられたイエスは、天に行かれるのをあなたがたが見たのと同じ有様で、またおいでになる』」。
・私たちは主イエスが再臨されて神の国がこの地上に来る日を待ち望む。詩篇132編は私たちの詩篇だ。
−ヨハネ黙示録22:20「以上すべてを証しする方が、言われる『然り、私はすぐに来る』。アーメン、主イエスよ、来てください」。
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