すべて重荷を負うて苦労している者は、私のもとに来なさい。

トップ  >  ホセア書  >  2012年3月1日祈祷会(ホセア4章、国が乱れるのは何故か)
1.ホセアの時代のイスラエルの混乱

・ホセア4章はイスラエルの堕落に対する告発と裁きの章である。前746年ヤラベアム2世は死に、北イスラエルは無政府状態になった。息子ゼカリヤは即位後半年で暗殺され、エヒュウ王朝は終わる。権力を得たシャルムは1ヶ月後にメナヒムに殺され、メナヒムの息子ペカヤは軍司令官のペカに殺され、ペカもまたホセアの陰謀に倒れ、そのホセアの時代に北イスラエル王国はアッシリアに攻められて滅亡する(紀元前723年)。これらの社会的混乱や旱魃による飢饉、外敵の侵略等の災いこそ、イスラエルの罪に対する神の裁きであると預言者は告発する。
−ホセア4:1-3「主の言葉を聞け、イスラエルの人々よ。主はこの国の住民を告発される。この国には、誠実さも慈しみも、神を知ることもないからだ。呪い、欺き、人殺し、盗み、姦淫がはびこり、流血に流血が続いている。それゆえ、この地は渇き、そこに住む者は皆、衰え果て、野の獣も空の鳥も海の魚までも一掃される」。
・ホセアにとって、人間になくてはならないものは「真実(エメト)」と「愛(へセド)」と「神を知ること(=神への畏れ)」だった(4:1)。これが失せた時、宗教行為は神との取引になり、神への畏れと信仰は神との駆け引きになってしまう。その結果、倫理は崩壊し、社会は乱れ、自然までもが苦しみ嘆く(4:2-3)。その罪の責任は民よりも、民を正しく導くことを怠った祭司にあるとホセアは言う。祭司たちは政治的陰謀に加わり、自らの利欲にふけり、昼間から酒を飲んで酩酊していた。そのため、民は呪術的・官能的な祭儀を持って大地の豊かな実りを招くバアル宗教に堕していった。それは物質的豊かさを希求する現世利益の教えであった。
−ホセア4:4-6「もはや告発するな、もはや争うな。お前の民は、祭司を告発する者のようだ。昼、お前はつまずき夜、預言者もお前と共につまずく。こうして、私はお前の母を沈黙させる。わが民は知ることを拒んだので沈黙させられる。お前が知識を退けたので、私もお前を退けて、もはや、私の祭司とはしない。お前が神の律法を忘れたので私もお前の子らを忘れる」。
・バアル礼拝と結合した神殿礼拝においては、犠牲を捧げた後に飲酒し、淫行にふけることもなされた(神殿には娼婦がいて性的交わりが礼拝の一部となっていく)。その中で祭司は贖罪の捧げ物を私物化し、もっと捧げるように規定を重くし、また女性信徒たちと姦淫を犯すようなこともあったらしい。
−ホセア4:7-10「彼らは勢いを増すにつれてますます、私に対して罪を犯した。私は彼らの栄光を恥に変える。彼らはわが民の贖罪の献げ物をむさぼり、民が罪を犯すのを当てにしている・・・私は、彼らを行いに従って罰し、悪行に従って報いる。彼らは食べても飽き足りることなく、淫行にふけっても子孫を増やすことができない」。

2.その混乱の元にあるもの〜神への背き

・何故このようなことが起きたのであろうか。政治の世界に陰謀と策略が渦巻けば、社会倫理は乱れ、不義・不法がはびこる。人々は自分だけの安全を、富を、快楽を追求し、政治はそのような幸福追求の方策となり、宗教も地上の幸福を保証する手段となる。ヤハウェ信仰と結びついてバアル信仰は、偶像崇拝や官能的祭儀を通して人々に快楽を提供し、刹那的喜びを与えていく。そのような状況が11節以下で描かれる。
−ホセア4:11-14「ぶどう酒と新しい酒は心を奪う。わが民は木に託宣を求め、その枝に指示を受ける。淫行の霊に惑わされ、神のもとを離れて淫行にふけり、山々の頂でいけにえをささげ、丘の上で香をたく・・・お前たちの娘は淫行にふけり、嫁も姦淫を行う。娘が淫行にふけっても嫁が姦淫を行っても、私はとがめはしない。親自身が遊女と共に背き去り、神殿娼婦と共にいけにえをささげているからだ。悟りのない民は滅びる」。
・ギルガルに行くなと警告される。ギルガルにはベト・アベン(悪の家)があり、偶像礼拝の中心地だった。
−ホセア4:15「イスラエルよ、たとえお前が遊女であってもギルガルに赴くな、ベト・アベンに上るな。『主は生きておられる』と言って誓うな」。
・このように堕落してしまったイスラエルは滅びるしかない。彼らは恥知らずな振る舞いに身を委ね、欲望のままに生き、やがてはその罪の実を国の滅び、民の捕囚として受けるであろうと預言される。
−ホセア4:16-19「まことにイスラエルは強情な雌牛のように強情だ。どうして主は、彼らを小羊のように広い野で養われるだろうか。エフライムは偶像のとりこになっている。そのままにしておくがよい。彼らは酔いしれたまま、淫行を重ね、恥知らずなふるまいに身をゆだねている。欲望の霊は翼の中に彼らを巻き込み、彼らはいけにえのゆえに恥を受ける」。
・ホセアや同時代のアモスの批判と勧告にもかかわらず、北イスラエルの民は彼らの信仰と生き方の原点に立ち帰ろうとせず、歴史の舞台から消え去った。しかし,ホセアの預言の言葉は南のユダで伝えられ、この悲劇的な出来事が、今度は新しいもう一つの信仰の原点になっていく(エレミヤはホセアの強い影響を受けている)。
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