すべて重荷を負うて苦労している者は、私のもとに来なさい。

トップ  >  詩編  >  2012年2月1日祈祷会(詩篇127編、主が建ててくださるのでなければ)
1.主が建ててくださるのでなければ

・詩篇127編はバビロン捕囚からの帰還者がエルサレム神殿再建中に歌った詩と考えられる。帰還した人々は廃墟となった神殿再建に取り組んだが、多くの困難の中で、主が神殿再建を許して下さった事に感謝した。
-詩篇127:1「都に上る歌。ソロモンの詩。主御自身が建ててくださるのでなければ、家を建てる人の労苦はむなしい。主御自身が守ってくださるのでなければ、町を守る人が目覚めているのもむなしい」。
・「ソロモンの歌」と表題があるのは、ソロモンが最初に神殿を建てたからであろう。しかし、その神殿は戦火で焼かれ、エルサレムの城壁も破壊された。神の護りがなければ町は焼け、神殿は廃墟となる。人々は敗戦〜捕囚を通じてそれを知った。家を建て、町を守るのは人であるが、それは神の許しのもとになされること、人はそれを忘れて朝早くから夜遅くまで働き、焦慮してパンを食べる。それは虚しいではないかと詩人は歌う。
-詩篇127:2「朝早く起き、夜おそく休み、焦慮してパンを食べる人よ。それは、むなしいことではないか、主は愛する者に眠りをお与えになるのだから」。
・家を建て、町を守り、生活のために働く。仕事が生活を支えるが、仕事だけでは消耗してしまう。「せめて夜は安め、神の与える眠りこそ祝福ではないか」と詩人は訴える。現代人は夜を忘れ、コンビニは24時間営業し、犯罪の温床となり、過剰電力消費を招いているのに止めることができない。売上拡大=利益拡大という経済論理が優先しているからだ。思い煩うなというイエスの教えを社会化するために何をしたら良いのだろうか。
-マタイ6:34「だから、明日のことまで思い悩むな。明日のことは明日自らが思い悩む。その日の苦労は、その日だけで十分である」。

2.人間を救うのは人間ではない

・家を建てるのは家族を形成するためだ。家庭を持つ者に子が与えられる。子こそ主より与えられる嗣業、財産である。私たちの生活は仕事により支えられるが、家族によって整えられる。
-詩篇127:3「見よ、子らは主からいただく嗣業。胎の実りは報い」。
・子は文字通り財産、働き手であり、老後を支える人材であった。子を与えられることの幸いを詩人は歌う。
-詩篇127:4-5「若くて生んだ子らは、勇士の手の中の矢。いかに幸いなことか、矢筒をこの矢で満たす人は。町の門で敵と論争するときも恥をこうむることはない」。
・現代人は子を産まなくなった、あるいは産めなくなった(非正規という働き方では家庭を維持する安定収入が望めない)。合計特殊出生率は1.35人となり、日本は人口減少社会になり、50年後人口は現在の13,000万人が、9,000万人まで減少するという。子が社会にあふれる喜びを現代の日本人は無くしてしまった。
-創世記1:27-28「神は御自分にかたどって人を創造された・・・神は彼らを祝福して言われた『産めよ、増えよ、地に満ちて地を従わせよ。海の魚、空の鳥、地の上を這う生き物をすべて支配せよ』」。
・この詩にあふれる考え方は「人間を豊かにするのは主の祝福である。人間が苦労しても何も加えることはできない」(箴言10:22)という信仰である。現代人はこの信仰を失くした。今回の東北震災に際して日本赤十字社は、「人間を救うのは人間である」というポスターを作った。
-日本赤十字社ホームページから「赤十字国際会議は、4年に1度、世界中の赤十字関係者とジュネーブ条約締約国政府の代表が参加して開催される赤十字の最高意思決定機関です。今回で30回を数える同会議は、昨年11月26日からスイスのジュネーブで開催され、会議の最後に “Together for humanity”と題したスローガンが採択され、参加者が今後4年間の取り組みについて決意を新たにしました・・・Together for humanityのスローガンにあわせて日本赤十字社が打ち出したキャッチコピーが「人間を救うのは、人間だ」です。赤十字の原点、すなわち「人道」という普遍的なテーマを世の中の人々と協力して取り組んでいくというメッセージをこめて、日本赤十字社は「人間を救うのは、人間だ。Together for humanity」をこれから広く発信していきます」。
・これは聖書の思想と真っ向から対立する考え方だ。本質的に利己的な人間は他者に無関心なのではないか。東北震災に涙する人間が自己の町での瓦礫処理には反対する。放射能危険があるからだ。人間の本質は罪人であることを認識しない時、物事は進まないのではないか。
-ローマ3:10-18「正しい者はいない。一人もいない。悟る者もなく、神を探し求める者もいない。皆迷い、だれもかれも役に立たない者となった。善を行う者はいない。ただの一人もいない。彼らののどは開いた墓のようであり、彼らは舌で人を欺き、その唇には蝮の毒がある。口は、呪いと苦味で満ち、足は血を流すのに速く、その道には破壊と悲惨がある。彼らは平和の道を知らない。彼らの目には神への畏れがない」。
プリンタ用画面
友達に伝える
前
2012年1月25日祈祷会(詩篇126編、涙と共に種を蒔く)
カテゴリートップ
詩編
次
2012年2月8日祈祷会(詩篇128編、家庭団欒の歌)