すべて重荷を負うて苦労している者は、私のもとに来なさい。

トップ  >  詩編  >  2012年1月25日祈祷会(詩篇126編、涙と共に種を蒔く)
1.捕囚からの帰還と直面した現実

・詩篇126編はバビロン捕囚からの帰還後、神殿再建を試みた民が種々の事情により果たせず、失意の中でそれでも主に頼る信仰を歌った詩と言われている。紀元前538年、バビロンを征服したペルシア王キュロスはユダヤ人のエルサレム帰還と神殿再建を許可し、セシバザルに率いられた一陣は帰国の途についた(エズラ1:11,6:3-5)。人々は帰国の出来事を夢のような、喜ばしい出来事として歌った。
-詩篇126:1-2「都に上る歌。主がシオンの捕われ人を連れ帰られると聞いて、私たちは夢を見ている人のようになった。そのときには、私たちの口に笑いが、舌に喜びの歌が満ちるであろう。そのときには、国々も言うであろう『主はこの人々に、大きな業を成し遂げられた』と」。
・第二陣、第三陣の帰国が続いたが、現実は厳しかった。セシバザルは、ダビデ王家の血を引き、メシアとして期待されたが、ペルシア当局によって失脚させられた(処刑されたと思われる。聖書学者は彼がイザヤ53章・苦難の僕のモデルではないかと推察する)。神殿再建事業は、基礎が据えられた時点で中断された。人々は自分たちの生活に忙しく、また干ばつによる飢饉もあり、神殿再建の余裕がなかった。さらにユダ地方を治めていたサマリア総督の妨害もあった(エズラ4:4-5)。こうしてエルサレム神殿再建事業は頓挫し、20年間放置された。
-ハガイ1:4-10「今、お前たちは、この神殿を廃虚のままにしておきながら、自分たちは板ではった家に住んでいてよいのか・・・山に登り、木を切り出して、神殿を建てよ。私はそれを喜び、栄光を受けると主は言われる。お前たちは多くの収穫を期待したが、それはわずかであった。しかも、お前たちが家へ持ち帰るとき、私は、それを吹き飛ばした。それはなぜか・・・それは、私の神殿が廃虚のままであるのにお前たちが、それぞれ自分の家のために走り回っているからだ。それゆえ、お前たちの上に天は露を降らさず、地は産物を出さなかった」。
・その困難が3節以下の詩文に反映している。人々は夏には枯れる砂漠の川ネゲブが冬季には恵みの雨により回復するように、私たちも回復させて下さい、このまま捨ておかないで下さいと祈る。
-詩篇126:3-4「主よ、私たちのために大きな業を成し遂げてください。私たちは喜び祝うでしょう。主よ、ネゲブに川の流れを導くかのように、私たちの捕われ人を連れ帰ってください」。
・この状況は敗戦後、満州やシベリアから帰国した人々の状況と同じだ。着の身着のままで現地を追われ、日本に帰りさえすれば何とかなるとして、帰国した人々を待っていたのは、食糧難と迷惑そうな親族や近隣の顔だった。バビロン捕囚から帰還した民の経験は私たちの経験でもある(詩篇126編参考資料参照)。

2.それでも種を蒔き続ける

・しかし詩人は困難の中で主に対する信仰を歌い続ける「涙と共に種を蒔く者は、喜びの歌と共に刈り入れる」。
-詩篇126:5-6「涙と共に種を蒔く人は、喜びの歌と共に刈り入れる。種の袋を背負い、泣きながら出て行った人は、束ねた穂を背負い、喜びの歌をうたいながら帰ってくる」。
・種蒔きは困難な作業である。種のあるものは道端に落ち、別の種は石地に、茨の中に落ち、発芽しないか、発芽してもすぐに枯れてしまう。イスラエル再建の労苦の報酬は近隣住民の侮辱と嘲笑だった。しかし詩人は良い地に蒔かれた種は30倍、60倍の実をつけることを知っている。だから彼は種を蒔き続ける。
-マルコ4:3-8「よく聞きなさい。種を蒔く人が種蒔きに出て行った。蒔いている間に、ある種は道端に落ち、鳥が来て食べてしまった。ほかの種は、石だらけで土の少ない所に落ち、そこは土が浅いのですぐ芽を出した。しかし、日が昇ると焼けて、根がないために枯れてしまった。ほかの種は茨の中に落ちた。すると茨が伸びて覆いふさいだので、実を結ばなかった。また、ほかの種は良い土地に落ち、芽生え、育って実を結び、あるものは三十倍、あるものは六十倍、あるものは百倍にもなった」。
・生きるためには一度死ななければならない。イエスが「一粒の麦の例え」で言われたのはそのことだ。
-ヨハネ12:24-25「一粒の麦は、地に落ちて死ななければ、一粒のままである。だが死ねば、多くの実を結ぶ。自分の命を愛する者は、それを失うが、この世で自分の命を憎む人は、それを保って永遠の命に至る」。
・この詩は、元来は都復興の詩である。しかし内容から、収穫感謝日の聖書日課として用いられた。国が回復するように教会もまた復興する。教会は一時期死んだようになってもまた生き返る。そこに生命があるからである。
-マルコ4:26-29「神の国は次のようなものである。人が土に種を蒔いて、夜昼、寝起きしているうちに、種は芽を出して成長するが、どうしてそうなるのか、その人は知らない。土はひとりでに実を結ばせるのであり、まず茎、次に穂、そしてその穂には豊かな実ができる。実が熟すと、早速、鎌を入れる。収穫の時が来たからである」。

詩篇126編参考資料:2007年12月9日説教(イザヤ61:1-9、嘆きから喜びへ)抜粋

・紀元前587年、イスラエルはバビロニヤによって国を滅ぼされ、エルサレムは廃墟となり、主だった住民は捕虜としてバビロンに連行されました。イスラエルの民は、絶望と悲嘆の中でバビロンに行きました。しかし、50年が経ち、異国での生活にも慣れ、子や孫も生まれ、生活の安定も生まれてきました。その時、思いもかけない出来事が起こります。バビロニヤがペルシアとの戦争に敗れ、国が滅んだのです。新しい支配者となったペルシアは、捕囚のイスラエル人に、帰国したい者は帰国せよとの布告を出します(前538年・キュロス王の帰還令)。
・捕囚から50年、バビロンで生活基盤を築いていた民は、今さら廃墟のエルサレムに帰りたくないと言い張っていました。その人たちに預言者は「主が解放して下さったのだ。共にエルサレムに帰ろう、主は荒野をエデンの園に、荒地を主の園にされる」と励まします(イザヤ51:3)。励まされた人々は帰国の途につきます。紀元前538年のことです。しかし、帰国した民を待っていたのは、厳しい現実でした。
・帰国した人々が最初に行ったのは、廃墟となった神殿の再建でした。帰国翌年には、神殿の基礎石が築かれましたが、工事はやがて中断します。先住の人々は帰国民を喜ばず、神殿の再建を妨害しました。また、激しい旱魃がその地を襲い、穀物が不足し、飢餓や物価の高騰が帰国の民を襲いました。神殿の再建どころではない状況に追い込まれたのです。そして人々はつぶやき始めます「私たちは光を望んだが、見よ、闇に閉ざされ、輝きを望んだが、暗黒の中を歩いている」(59:9)。どこにエデンの園があるのか、バビロンの方が良かったと民は言い始めているのです。
・この状況は、日本が戦争に敗れ、満州や朝鮮で暮らしていた人々が強制送還された時と共通するものがあります。着の身着のままで現地を追われ、日本に帰りさえすれば何とかなると帰国した人々を待っていたのは、食糧難と迷惑そうな親族や近隣の顔でした。イスラエルの民も50年ぶりに帰国しましたが、帰ってみると、住んでいた家には他の人が住み、畑も他人のものになっていました。現実は予想を上回る厳しさです。彼らは言います「主の手が短くて救えないのではないか。主の耳が鈍くて聞こえないのではないか」(59:1)。主に対する信仰まで揺らぎ始めていたのです。これに対して、そうではない。問題は主にあるのではなく、あなたがたにあるのだと立ち上がった預言者が、第三イザヤと呼ばれる人です。彼は言います「主の手が短くて救えないのではない。主の耳が鈍くて聞こえないのでもない。むしろお前たちの悪が、神とお前たちとの間を隔て、お前たちの罪が神の御顔を隠させ、お前たちに耳を傾けられるのを妨げているのだ」(59:1-2)。
・預言者は歌います「主は私に油を注ぎ、主なる神の霊が私をとらえた。私を遣わして、貧しい人に良い知らせを伝えさせるために。打ち砕かれた心を包み、捕らわれ人には自由を、つながれている人には解放を告知させるために」(61:1)。主は、困難の中にあるあなたがたを慰めるために私を立てられた、良い知らせを伝えるために私に言葉を与えられたと「シオンのゆえに嘆いている人々に、灰に代えて冠をかぶらせ、嘆きに代えて喜びの香油を、暗い心に代えて賛美の衣をまとわせるために」(61:3)。良い知らせ(福音)は灰(悲しみ)を冠(喜び)に変える。主は悲しんでいるあなた方に、喜びの冠を与えると言われる。主はあなた方を通して、この廃墟をエデンの園に変えられる。あなた方こそ「とこしえの廃墟を建て直し、古い荒廃の跡を興す者」なのだ(61:4)。
・あなた方はバビロンで50年にわたる苦難を受けた。それはあなた方を主の民、主の祭司とするためだった、あなた方を通して諸国の人々を解放するためだった。預言者は言います「他国の人々が立ってあなたたちのために羊を飼い、異邦の人々があなたたちの畑を耕し、ぶどう畑の手入れをする。あなたたちは主の祭司と呼ばれ、私たちの神に仕える者とされ、国々の富を享受し、彼らの栄光を自分のものとする」(61:5-6)。あなた方が自分のためだけに幸いを求めるから、主は苦難を与えられるのだ。隣人のために幸いを求めてみよ。主はあなた方を豊かに祝福されるだろうと預言者は民を慰めます。
・中断された神殿再建が再び始まりました。神殿再建を導いたのは、ダビデの血筋を引くゼルバベルです。人々は、ゼルバベルを王にいだいて国の独立を求めましたが、ペルシア帝国によって失敗に帰しました。イスラエルはその後も国の独立を果たすことが出来ませんでした。しかし、彼らは、捕囚時代に編纂されたヘブル語聖書を守りながら生き抜くことを通して民族の同一性を保持し、聖書はやがて当時の共通語ギリシャ語に翻訳され、多くの異国人がこの翻訳聖書を通して主に出会うようになります。イザヤは預言しました「彼らの子孫は、もろもろの国の中で知られ、彼らの子らは、もろもろの民の中に知られる。すべてこれを見る者はこれが主の祝福された民であることを認める」(61:9)。ユダヤ人は、国が敗れることを通して、主の民として異邦人に仕える者になり、やがてはこのユダヤ人の中からイエスと呼ばれるキリスト=救い主が生まれてこられます。
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