すべて重荷を負うて苦労している者は、私のもとに来なさい。

トップ  >  詩編  >  2012年1月18日祈祷会(詩篇125編、シオンの山のように)
1.岩の上に立つエルサレム

・エルサレムは四方を山に囲まれた岩の大地の上に立てられている(標高790メートル)。巡礼者はそのエルサレムを見上げて、シオンの山の堅牢さに打たれ、自分たちも神の固い護りの中にあることを実感して歌い始める。
−詩篇125:1-2「都に上る歌。主に依り頼む人は、シオンの山。揺らぐことなく、とこしえに座る。山々はエルサレムを囲み、主は御自分の民を囲んでいてくださる。今も、そしてとこしえに」。
・エルサレムは元来エブス人の町であったが、ダビデがこれを攻略して王国の首都に据えた。ダビデがこの町を首都に選んだのは、四方を山に囲まれ、外敵が侵入しにくい、難攻不落の地であったからだ。
−サムエル記下5:6-10「王とその兵はエルサレムに向かい、その地の住民のエブス人を攻めようとした。エブス人はダビデが町に入ることはできないと思い、ダビデに言った『お前はここに入れまい。目の見えない者、足の不自由な者でも、お前を追い払うことは容易だ』。しかしダビデはシオンの要害を陥れた。これがダビデの町である・・・ダビデはこの要害に住み、それをダビデの町と呼び、ミロから内部まで、周囲に城壁を築いた。ダビデは次第に勢力を増し、万軍の神、主は彼と共におられた」。
・エルサレムの地盤は岩であり、固く立って動かされない。ダビデや後継者たちが「神こそわが岩、わが砦」と呼んだのも、この岩の上に立てられた町に神がお住いになるという信仰を表したものであろう。
−詩篇46:2-6「神は私たちの避けどころ、私たちの砦。苦難のとき、必ずそこにいまして助けてくださる。私たちは決して恐れない、地が姿を変え、山々が揺らいで海の中に移るとも、海の水が騒ぎ、沸き返り、その高ぶるさまに山々が震えるとも・・・神はその中にいまし、都は揺らぐことがない」。
・神の都は主に従う人々に割り当てられた嗣業の地、たとえ一時的に異邦人が支配することがあっても、神はまた都を主の民に取り戻して下さると詩人は歌う。
−詩篇125:3「主に従う人に割り当てられた地に、主に逆らう者の笏が置かれることのないように。主に従う人が悪に手を伸ばすことのないように」。

2.そのエルサレムが滅んでも

・現実のエルサレムは異邦人の支配下にあった。バビロンが滅ぼされてもペルシャが為政者として都を支配している。この詩が書かれたのはネヘミヤ時代、バビロン捕囚から解放されて国の再建に励んでいた時代であろうと推測されている。厳しい現実の中で、詩人はいつか異邦人が追放され、エルサレムが再び主の民の都になる日を待望している。
−詩篇125:4-5「主よ、良い人、心のまっすぐな人を、幸せにしてください。よこしまな自分の道にそれて行く者を、主よ、悪を行う者と共に追い払ってください。イスラエルの上に平和がありますように」。
・詩人は「イスラエルの上に平和がありますように」と祈った。しかしエルサレムの平和は永続しなかった。イエスはオリーブ山からエルサレムを見て、「ああエルサレム」と嘆かれた。預言者たちが繰り返し悔い改めを求めたのに彼らを殺して改めず、今また、最後の預言者である自分を殺そうとしているエルサレムに対する嘆きであった。
−ルカ13:34-35「エルサレム、エルサレム、預言者たちを殺し、自分に遣わされた人々を石で打ち殺す者よ、めん鳥が雛を羽の下に集めるように、私はお前の子らを何度集めようとしたことか。だが、お前たちは応じようとしなかった。見よ、お前たちの家は見捨てられる。言っておくが、お前たちは『主の名によって来られる方に、祝福があるように』と言う時が来るまで、決して私を見ることがない」。
・エルサレムは紀元70年にローマによって破壊され、滅亡する。どのような強固な岩も人間の罪を防御する事は出来なかった。ルカ19章にはエルサレム滅亡を眼前に見たルカの嘆きが語られている。
−ルカ19:41-44「エルサレムに近づき、都が見えたとき、イエスはその都のために泣いて、言われた『もしこの日に、お前も平和への道をわきまえていたなら。しかし今は、それがお前には見えない。やがて時が来て、敵が周りに堡塁を築き、お前を取り巻いて四方から攻め寄せ、お前とそこにいるお前の子らを地にたたきつけ、お前の中の石を残らず崩してしまうだろう。それは、神の訪れてくださる時をわきまえなかったからである』」。
・神の平和は「義」の上に立てられる。義とは道徳的な正しさではなく、自分が絶対者なる神に生かされているという信仰である。だから彼は病気になっても、家族に問題が生じても、また経済的な困窮の中にあっても動揺しない。神の護りの中に生かされていると信じるゆえだ。だから財産を捨てよと言われれば捨てて従う。
−マルコ10:21-22「イエスは彼を見つめ、慈しんで言われた『あなたに欠けているものが一つある。行って持っている物を売り払い、貧しい人々に施しなさい。そうすれば、天に富を積むことになる。それから、私に従いなさい』。その人はこの言葉に気を落とし、悲しみながら立ち去った。たくさんの財産を持っていたからである」。
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