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トップ  >  ダニエル書  >  2012年1月5日祈祷会(ダニエル書8章、牡羊と牡山羊の幻)
1.牡羊と牡山羊の幻

・ダニエル7章はバビロン、ペルシャ、ギリシャ、シリアと覇権者が交代する中で、今ユダヤを支配し、民を迫害するシリアの圧制者アンティオコス・エピファネスもやがて神に滅ぼされるとの預言であった。8章はその預言が雄羊と雄山羊の争いという形で再び描かれている。ダニエルがこの度見た幻では最初に雄羊が登場する。その雄羊はバビロンを滅ぼしたペルシャ帝国である(8:20)。
−ダニエル8:1-4「私ダニエルは先にも幻を見たが、その後ベルシャツァル王の治世第三年に、また幻を見た。その幻の中にあって、見ると私はエラム州の都スサにおり、ウライ川のほとりにいるようであった。目を上げて眺めると、見よ、一頭の雄羊が川岸に立っていた。二本の角が生えていたが共に長く、一本は他の一本より更に長くて、後ろの方に生えていた。見ていると、この雄羊は西、北、南に向かって突進し、これにかなう獣は一頭もなく、その力から救い出すものもなく、雄羊はほしいままに、また、高慢にふるまい、高ぶった」。
・雄羊は世界に敵なしと誇っていたが、突然登場する雄山羊に簡単に打ち倒されてしまう。雄山羊はギリシャ帝国を指し(8:21)、その際立った角(アレキサンダー)は前332年にパレスチナとエジプトを征服し、翌年にはペルシャも滅ぼし、インドにまで勢力を伸ばしていった。
−ダニエル8:5-7「これについて考えていると、見よ、西から一頭の雄山羊が全地の上を飛ぶような勢いで進んで来た。その額には際立った一本の角が生えていた。この雄山羊は先に見た川岸に立っている二本の角のある雄羊に向かって、激しい勢いで突進した。みるみるうちに雄山羊は雄羊に近づき、怒りに燃えてこれを打ち倒し、その二本の角を折ったが、雄羊には抵抗する力がなかった。雄山羊はこれを地に投げ打ち、踏みにじった。その力から雄羊を救い出すものはなかった」。
・勝利したアレキサンダーは尊大になったが、突然その角を折られ(前323年急死)、帝国は後継者たちに四分割されてしまう。高慢になり、尊大になった支配者たちは、その野望が神により挫かれるとダニエルは暗示する。
−ダニエル8:8「雄山羊は非常に尊大になったが、力の極みで角は折れ、その代わりに四本の際立った角が生えて天の四方に向かった」。
・四分割された帝国のうち、パレスチナを支配したのは将軍セレウコスのシリアであった。その十代目の王として、アンティオコス・エピファネスが即位し(前175年)、支配下の国々の宗教と祭儀を、彼の信じるギリシャの神ゼウスに統一しようとして各地の宗教弾圧を始める。
−ダニエル8:9-12「そのうちの一本からもう一本の小さな角が生え出て、非常に強大になり、南へ、東へ、更にあの麗しの地へと力を伸ばした。これは天の万軍に及ぶまで力を伸ばし、その万軍、つまり星のうちの幾つかを地に投げ落とし、踏みにじった。その上、天の万軍の長にまで力を伸ばし、日ごとの供え物を廃し、その聖所を倒した。また天の万軍を供え物と共に打ち倒して罪をはびこらせ、真理を地になげうち、思うままにふるまった」。

2.なぜ圧制者は次から次に生まれるのか

・アンティオコスは自らを神の化身と呼び(エピファネス=神の顕現の意)、エルサレム神殿にゼウス像を持込み、ユダヤ人の礼拝(朝と夕の燔祭)を廃止し、神殿の財宝を略奪し、果てには律法を守ることさえ禁じた。権力者はいつも自分こそ神の化身であり、神だと思うようになる。イザヤの描くバビロン王もそうであった。
−イザヤ14:13-14「かつて、お前は心に思った『私は天に上り、王座を神の星よりも高く据え、神々の集う北の果ての山に座し、雲の頂に登って、いと高き者のようになろう』と」。
・シリア王はユダヤの不服従はその信仰の故と思い、これを軍事力で弾圧して行く。支配者の神格化は軍事支配の強化の中で始まる。日本が中国で戦争を始めたのは1931年満州事変以降であるが、32年の5.15事件、36年2.26事件を通して天皇の神格化が進み、憲法理論(天皇機関説)さえ不敬事件とされていく(1935年)。そして1937年日中戦争開始により戦争の泥沼に突入していく。ダニエルの見た幻は私たちの歴史でもある。彼の時代の人々は迫害の中で叫ぶ「いつまでこのような暴挙が許されるのか」。それに対して幻は答える「3年半待て」と。
−ダニエル8:13「私は一人の聖なる者が語るのを聞いた。またもう一人の聖なる者がその語っている者に言った『この幻、すなわち、日ごとの供え物が廃され、罪が荒廃をもたらし、聖所と万軍とが踏みにじられるというこの幻の出来事は、いつまで続くのか』」。
・2300回の朝と夕、1150日(3年半)後にこの弾圧は終わるとの託宣をダニエルは聞いた。神殿礼拝の禁止は前167年12月、その解除(シリア軍の追放)は前164年12月であり、ほぼ3年後であった。
−ダニエル8:14「彼は続けた『日が暮れ、夜の明けること二千三百回に及んで、聖所はあるべき状態に戻る』」。
・黙示は終わりの出来事の時期を尋ねる。ダニエル書しかり、ヨハネ黙示録しかり、しかしイエスは神の日がいつ来るかは神のみ心であり、私たちはそれを待望していけば良いのだと言われた。
−ルカ17:20-21「ファリサイ派の人々が、神の国はいつ来るのかと尋ねたので、イエスは答えて言われた『神の国は、見える形では来ない。ここにある、あそこにあると言えるものでもない。実に、神の国はあなたがたの間にあるのだ』」。
・圧制者アンティオコスは死に、ユダヤは解放された。しかしまもなくユダヤは新しい圧制者ローマの支配に苦しむ。ヨハネ黙示録はローマ皇帝のキリスト教徒迫害時代に書かれた黙示録だ。歴史は圧制者が倒されても次の圧制者が現れることを伝える。ユダ民族の数千年の歴史は迫害と苦難の歴史であった。彼らは自らを燔祭(燃えつくす焼きもの、ギリシャ語ホローコースト)と呼んだ。人間の罪が圧制者を生むが、地上の権力は、神が許して置かれる期間だけ生き長らえる。しかし全ての民とその統治者を支配しておられるのは神であり、権力者は「定めの時まで」支配を許される存在にしか過ぎない。今、地上で猛威をふるう圧制者、仲間を殺し、聖所を汚す暴虐者アンティオコスでさえ、絶対者ではなく、単なる人間にしか過ぎない。神を信じる時、すべての人間が相対化され、どのような圧制者、権力者も恐れるに足らぬ存在になる。
−ダニエル12:1-3「その時、大天使長ミカエルが立つ。彼はお前の民の子らを守護する。その時まで苦難が続く。国が始まって以来かつてなかったほどの苦難が。しかし、その時には救われるであろう、お前の民、あの書に記された人々は。多くの者が地の塵の中の眠りから目覚める。ある者は永遠の生命に入り、ある者は永久に続く恥と憎悪の的となる。目覚めた人々は大空の光のように輝き、多くの者の救いとなった人々はとこしえに星と輝く」。
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