すべて重荷を負うて苦労している者は、私のもとに来なさい。

トップ  >  ダニエル書  >  2011年12月15日祈祷会(ダニエル書6章、獅子の穴に投げ込まれるダニエル)
1.獅子の穴に投げ込まれるダニエル

・ダニエル3章は燃え盛る炉に投げ込まれたダニエルの友人3人が神の護りの中で無事であったことを伝えるが、6章ではダニエル自身が獅子の穴に投げ込まれるが救出された記事を伝える。二つの記事はいずれも、「人間を拝め」という理不尽な命令を拒否して苦難に会うが、神が救い出して下さったと記す。物語はシリア王の迫害に苦しむユダヤ人同胞に、バビロンから守って下さった主はシリアからも守って下さるとのメッセージを発している。物語は宮廷内の陰謀から始まる。大臣となったダニエルを妬む反対勢力がダニエルを陥れるために禁教令の布告を時の王ダリウスに迫る。
-ダニエル6:2-8「ダレイオスは、王国に百二十人の総督を置いて全国を治めさせることにし・・・総督から報告を受ける大臣を三人、その上に置いた。ダニエルはそのひとりであった。ダニエルには優れた霊が宿っていたので、他の大臣や総督のすべてに傑出していた。王は彼に王国全体を治めさせようとした。大臣や総督は、政務に関してダニエルを陥れようと口実を探した。しかし、ダニエルは政務に忠実で、何の汚点も怠慢もなく、彼らは訴え出る口実を見つけることができなかった。それで彼らは『ダニエルを陥れるには、その信じている神の法に関してなんらかの言いがかりをつけるほかはあるまい』と話し合い、王のもとに集まってこう言った・・・『王様に次のような、勅令による禁止事項をお定めいただこうということになりました。すなわち、向こう三十日間、王様を差し置いて他の人間や神に願い事をする者は、だれであれ獅子の洞窟に投げ込まれる、と。王様、どうぞこの禁令を出し、その書面に御署名ください』」。
・王は署名し、王以外の者に祈りを捧げることが勅令で禁止された。しかしダニエルはいつもどおりエルサレムの神に祈り、禁令違反で告発される。
-ダニエル6:11-16「ダニエルは王が禁令に署名したことを知っていたが、家に帰るといつものとおり二階の部屋に上がり、エルサレムに向かって開かれた窓際にひざまずき、日に三度の祈りと賛美を自分の神にささげた。役人たちはやって来て、ダニエルがその神に祈り求めているのを見届け、王の前に進み出、禁令を引き合いに出してこう言った・・・『王様、ユダヤからの捕囚の一人ダニエルは、あなたさまをも、署名なさったその禁令をも無視して、日に三度祈りをささげています』・・・役人たちは王のもとに来て言った「王様、ご存じのとおり、メディアとペルシアの法律によれば、王による勅令や禁令は一切変更してはならないことになっております」。
・王はやむなくダニエルを獅子の穴に投げ込むように命令する。法は法だからだ。
-ダニエル6:17-18「王は命令を下し、ダニエルは獅子の洞窟に投げ込まれることになって引き出された。王は彼に言った『お前がいつも拝んでいる神がお前を救ってくださるように』。一つの石が洞窟の入り口に置かれ、王は自分の印と貴族たちの印で封をし、ダニエルに対する処置に変更がないようにした」。

2.しかし神は救って下さった

・国の支配者たちは神の委託により国を治めるゆえに私たちは権威に従う(ローマ13:1)。しかし「人間に従うよりも神に従うべき時がある」(使徒5:29)。この二つの時を見分けるには勇気と信仰が必要だ。ダニエルは勇気と信仰があったゆえに捕らえられ、獅子の穴に投げ込まれた。しかし神はそのダニエルを救済された。
-ダニエル6:19-24「王は・・・夜が明けるやいなや、急いで獅子の洞窟へ行った。洞窟に近づくと、王は不安に満ちた声をあげて、ダニエルに呼びかけた『お前がいつも拝んでいる神は、獅子からお前を救い出す力があったか』。ダニエルは王に答えた『神様が天使を送って獅子の口を閉ざしてくださいましたので、私はなんの危害も受けませんでした。神様に対する私の無実が認められたのです。そして王様、あなたさまに対しても、背いたことはございません』。王はたいそう喜んで、ダニエルを洞窟から引き出すように命じた。ダニエルは引き出されたが、その身に何の害も受けていなかった。神を信頼していたからである」。
・詩篇記者たちは、神が共にいますならば獅子の穴に投げ込まれても何の危険もないと歌った。
-詩篇91:11-13「主はあなたのために、御使いに命じて、あなたの道のどこにおいても守らせてくださる。彼らはあなたをその手にのせて運び、足が石に当たらないように守る。あなたは獅子と毒蛇を踏みにじり、獅子の子と大蛇を踏んで行く」。
・ヘブル書の記者も神共にいますならば行く手に何の危険もないと教える。
-ヘブル11:33-34「信仰によって、この人たちは国々を征服し、正義を行い、約束されたものを手に入れ、獅子の口をふさぎ、燃え盛る火を消し、剣の刃を逃れ、弱かったのに強い者とされ、戦いの勇者となり、敵軍を敗走させました」。

3.神の救いがない時はどう考えるのか

・現実の世界では常に神の救いがあるわけではない。神により頼む者が殺されていく現実がある。シリア王迫害時に多くの信仰者が王を拝むことを拒否して殺されていった。初代教会の人々はローマ皇帝礼拝を拒否して獅子の穴に投げ込まれ、殺されていった。キリシタン時代多くの信徒が首を斬られ、火刑に処せられていった。先日「南蛮美術の光と影」をサントリー美術館で見たが、その中の「元和八年長崎大殉教図」は迫力を持って迫ってきた。
−元和八年長崎大殉教図・視聴者の感想から「イタリア、ジェズ教会蔵のこの作品は、1688年に徳川幕府の命によって55人という日本殉教史上最大規模の処刑が行われた様子を描いたもので、最初の殉教事件となった “日本二十六聖人殉教”(1957年)と並び有名な虐殺の悲惨さをリアルに伝えている。二十六聖人の方は、浄化され昇天していくイメージが抑制的に表現されているが、元和八年大殉教図は素朴な筆ながら異様な迫力をもつ画面となっており、火刑に処せられるのを待つ司祭や修道士たち、斬首される信者とその刎ねた首を台に並べる役人、矢来の周りで見守る群衆、小さな船で集まってくる人々に至るまで、今まさに見てきたように修羅場の全体が克明に描き出されている。日本でこんな理不尽なことがあったという渾身のルポルタージュであり、身の危険を冒して歴史の証人となった絵師の使命感と執念は、キリスト教の教えが此の地にもしっかりと根付いたことを逆説的に証明しているようであった」。
・聖書も救済されずに死んでいく人々がいる現実を隠さない。しかし、それは神不在の出来事ではないと主張する。
-ヘブル11:37-40「彼らは石で打ち殺され、のこぎりで引かれ、剣で切り殺され、羊の皮や山羊の皮を着て放浪し、暮らしに事欠き、苦しめられ、虐待され、荒れ野、山、岩穴、地の割れ目をさまよい歩きました。世は彼らにふさわしくなかったのです。この人たちはすべて、その信仰のゆえに神に認められながらも、約束されたものを手に入れませんでした。神は、私たちのために、更にまさったものを計画してくださったので、私たちを除いては、彼らは完全な状態に達しなかったのです」。
・ユダヤ人は歴史の中で繰り返し迫害を受けて来たが、この迫害を「ホロコースト」と呼ぶ。ホロコースト=ギリシア語「焼き尽くす捧げ物」を意味する。ユダヤ人たちは、自分たちが犠牲として捧げられてきた民族の迫害の歴史をホロコーストという言葉で表現した。
−ホロコースト:「全部 ホロス」+「焼く コストス」に由来するギリシア語「ホロコストン」を語源とし、ラテン語「holocaustum」からフランス語「holocauste」を経由して英語に入った語であり、元来は、古代ユダヤ教で獣を丸ごと供える「全焼の供物」、燔祭を意味していた。のち転じて、大虐殺を意味するようになった。ホロコーストに相当するヘブライ語は「オラー(olah)」であり、「焼き尽くす捧げもの」を意味した。日本では、永井隆が長崎への原爆投下を「神の大きな御摂理によってもたらされた」とし、原爆投下を「大いなる燔祭(en:Holocaust (sacrifice))」と解釈したことが論評されている。かつて英語では「ジェノサイド」などが用語として一般的だったが、1978年アメリカNBCで放映された長編テレビドラマ『ホロコースト 戦争と家族』("Holocaust")が話題となり、この語が「ユダヤ人大虐殺」を表す言葉として普及した。
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