すべて重荷を負うて苦労している者は、私のもとに来なさい。

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1.1−4節の記述は洪水前の状況である。

・神の子とは「神の形」に造られた人を指す。人が欲望の赴くままに異性と性的関係を結ぶ。美しい女を権力者たちが自分のものにする。性が乱れたとき、社会が乱れる。姦淫の罪の始まりである。
・洪水の背景に性道徳の乱れがある。それは人間の際限ない欲望を示す。ソドムが滅びたのも性の乱れであった。
―創世記19:4-5「彼らがまだ床に就かないうちに、ソドムの町の男たちが、若者も年寄りもこぞって押しかけ、家を取り囲んで、わめきたてた。今夜、お前のところへ来た連中はどこにいる。ここへ連れて来い。なぶりものにしてやるから。」

2.神は人の悪を見て、彼らを造ったことを後悔された。

・神は天上に鎮座される神ではない。神は人間を創造し、彼らの罪に胸を痛め、造ったことを後悔される神である。神は創造者を拒否する人間をもその自由に任せたもう。ここに神の悔いが、神の痛みが生ずる。
―サムエル記上15:11「わたしはサウルを王に立てたことを悔やむ。彼はわたしに背を向け、わたしの命令を果たさない。サムエルは深く心を痛め、夜通し主に向かって叫んだ。」
・アダムの罪(男女の罪)がカインの罪(兄弟の罪)を招き、カインの罪がレメクの罪(隣人に対する罪)を招き、罪が全人類に及んだ。創世記記者は人間の罪のため、洪水が起こされたと信じた。
―今日のわたしたちは世の罪について自分のこととして考えない。戦争を生きたクリスチャンたちは第二次大戦を神の審き(洪水)として捕え、悔改めより新しい生を始めた。
・一人の正しいもの(ノア)を見て、彼を残される神に対する信仰がここにある。義なるが故に自分の創造された世界を滅ぼされる神、愛ゆえに人を許される神。そのため、神は一人の人を残して、世を再創造された。
・旧約聖書の中には、この「残りのものによる世の再建」と言う思想が強く見られる。
―エレミヤ書29:14「わたしは捕囚の民を帰らせる。わたしはあなたたちをあらゆる国々の間に、またあらゆる地域に追いやったが、そこから呼び集め、かつてそこから捕囚として追い出した元の場所へ連れ戻す、と主は言われる。」
・人間の罪により全ての被造物も共に滅ぼされる。人間は自然を荒廃させ、破壊された自然は人間に手痛い仕返しをする。(チェルノブイリ、水俣、等)
―ローマ8:22「被造物がすべて今日まで、共にうめき、共に産みの苦しみを味わっていることを、わたしたちは知っています。」
・ノアは神が命じられるままに箱舟を作る。創世記記者は箱舟の建設の中にエルサレム神殿の再建を見ている。
―南王国ユダは前586年に滅び、王家一族を初めとする多数の民の捕囚を見た。70年間に及ぶバビロン捕囚の後に,バビロンの地に捕囚となっていたイスラエルの民が故国ユダの地に帰還し,破壊されていた神殿を再建した。

3.新約聖書に見るノアの理解

・イエスは洪水を終わりの日の出来事と考えられた。
―マタイ24:37-39「人の子が来るのは、ノアの時と同じだからである。洪水になる前は、ノアが箱舟に入るその日まで、人々は食べたり飲んだり、めとったり嫁いだりしていた。そして、洪水が襲って来て一人残らずさらうまで、何も気がつかなかった。人の子が来る場合も、このようである。」
・ペテロはこの箱舟はキリストの象徴と理解している。
―1ペテロ3:20-21「この霊たちは、ノアの時代に箱舟が作られていた間、神が忍耐して待っておられたのに従わなかった者です。この箱舟に乗り込んだ数人、すなわち八人だけが水の中を通って救われました。この水で前もって表された洗礼は、今やイエス・キリストの復活によってあなたがたをも救うのです。」
・ヘブル書はノアを「見ずに信じたもの」と理解している。
―ヘブル11:7「信仰によって、ノアはまだ見ていない事柄について神のお告げを受けたとき、恐れかしこみながら、自分の家族を救うために箱舟を造り、その信仰によって世界を罪に定め、また信仰に基づく義を受け継ぐ者となりました」
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