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1.枯れた骨の復活

・エゼキエルは幻の中である谷に案内される。そこには多くの枯れた骨があった。エゼキエルはエルサレム滅亡後、帰る場所を失ったバビロンの捕囚民の絶望を見て、「彼らはもう死んでしまった」と失意を深めていたのであろう。
−エゼキエル37:1-3「主の手が私の上に臨んだ。私は主の霊によって連れ出され、ある谷の真ん中に降ろされた。そこは骨でいっぱいであった。主は私に、その周囲を行き巡らせた。見ると、谷の上には非常に多くの骨があり、また見ると、それらは甚だしく枯れていた。そのとき、主は私に言われた『人の子よ、これらの骨は生き返ることができるか』。私は答えた『主なる神よ、あなたのみがご存じです』」。
・主はエゼキエルに向かって言われた「骨に向かって生き返れと預言せよ」。エゼキエルが預言すると、骨は音を立てて結合し、筋と肉が生じ、皮膚が覆われ、人となった。
−エゼキエル37:4-8「『これらの骨に向かって預言し、彼らに言いなさい。枯れた骨よ、主の言葉を聞け・・・見よ、私はお前たちの中に霊を吹き込む。すると、お前たちは生き返る。私は、お前たちの上に筋をおき、肉を付け、皮膚で覆い、霊を吹き込む。すると、お前たちは生き返る。そして、お前たちは私が主であることを知るようになる』。私は命じられたように預言した。私が預言していると、音がした。見よ、カタカタと音を立てて、骨と骨とが近づいた。私が見ていると、見よ、それらの骨の上に筋と肉が生じ、皮膚がその上をすっかり覆った」。
・その肉体に主が命の息を吹き込まれると、見よ、人々は動き始めた。
−エゼキエル37:9-10「『霊に預言せよ。人の子よ、預言して霊に言いなさい。主なる神はこう言われる。霊よ、四方から吹き来れ。霊よ、これらの殺されたものの上に吹きつけよ。そうすれば彼らは生き返る』。私は命じられたように預言した。すると、霊が彼らの中に入り、彼らは生き返って自分の足で立った。彼らは非常に大きな集団となった」。
・捕囚民は言った「我々の骨は枯れた、望みは失せ、滅びる」。その絶望の中にある人々に主の言葉が働いた時、人々は希望を持った。このエゼキエルの「枯れた骨の復活」は再生の印であり、多くの人を励ましてきた(参考資料参照)。
-エゼキエル37:11-14「人の子よ、これらの骨はイスラエルの全家である。彼らは言っている『我々の骨は枯れた。我々の望みはうせ、我々は滅びる』と。それゆえ、預言して彼らに語りなさい・・・私はお前たちの墓を開く・・・私はお前たちを墓から引き上げ、イスラエルの地へ連れて行く。私が墓を開いて、お前たちを墓から引き上げるとき・・・お前たちは私が主であることを知るようになる。また、私がお前たちの中に霊を吹き込むと、お前たちは生きる。私はお前たちを自分の土地に住まわせる。そのとき、お前たちは主である私がこれを語り、行ったことを知るようになると主は言われる』」。

2.新しいイスラエル

・15節以下には150年前に滅亡し、他の民族の中に吸収されていた北イスラエルの人々も共に約束の地に帰ることが預言される。しかし現実には北イスラエルの復興はなかった(彼らは失われた10部族と呼ばれる)。
-エゼキエル37:15-23「人の子よ、あなたは一本の木を取り、その上に『ユダおよびそれと結ばれたイスラエルの子らのために』と書き記しなさい。また、別の木をとり、その上には『エフライムの木であるヨセフおよびそれと結ばれたイスラエルの全家のために』と書き記しなさい。それらを互いに近づけて一本の木としなさい。それらはあなたの手の中で一つとなる・・・私はエフライムの手の中にあるヨセフの木、およびそれと結ばれたイスラエルの諸部族を取り、それをユダの木につないで一本の木とする。それらは私の手の中で一つとなる・・・私はイスラエルの子らを、彼らが行っていた国々の中から取り、周囲から集め、彼らの土地に連れて行く。私は私の地、イスラエルの山々で彼らを一つの国とする。一人の王が彼らすべての王となる。彼らは二度と二つの国となることなく、二度と二つの王国に分かれることはない。彼らは二度と彼らの偶像や憎むべきもの、もろもろの背きによって汚されることはない。私は、彼らが過ちを犯したすべての背信から彼らを救い清める。そして、彼らは私の民となり、私は彼らの神となる」。
・新しい統一王国は「ダビデのような王に統治される」と預言は続く。しかし、捕囚から帰ったイスラエルの民はごく短期間王国を再建した後(マカベヤ朝)、紀元70年にローマに滅ぼされ、以降2000年流浪の民となった。この預言はそのような現実の中で「メシヤ待望」の預言となっていく。
-エゼキエル37:24-28「私の僕ダビデは彼らの王となり、一人の牧者が彼らすべての牧者となる。彼らは私の裁きに従って歩み、私の掟を守り行う。彼らは私がわが僕ヤコブに与えた土地に住む。そこはお前たちの先祖が住んだ土地である。彼らも、その子らも、孫たちも、皆、永遠に至るまでそこに住む。そして、わが僕ダビデが永遠に彼らの支配者となる。私は彼らと平和の契約を結ぶ。それは彼らとの永遠の契約となる。私は彼らの住居を定め、彼らを増し加える。私はまた、永遠に彼らの真ん中に私の聖所を置く。私の住まいは彼らと共にあり、私は彼らの神となり、彼らは私の民となる。私の聖所が永遠に彼らの真ん中に置かれるとき、諸国民は、私がイスラエルを聖別する主であることを知るようになる」。



*エゼキエル37章参考資料:枯れた骨の復活
2011年4月24日(日)「神の民よ、甦れ」(エゼキエル37:1-14)仙台南光沢教会 佐藤信人
  
・イスラエルの民がバビロンによって滅ぼされ、70年に及ぶ捕囚の苦しみに遭っていたとき、主は預言者エゼキエルに一つの幻を見せられました。それは人間の枯れた骨が谷一面を覆っている、異様な光景でした。その幻で示されたように、そのときのイスラエルは絶望的な状態にあったのです。主はエゼキエルに尋ねられました。「これらの骨は、生き返ることができるのか」。イスラエルの回復の可能性を問うものでした。これに対してエゼキエルは、「あなたはご存じです」と答えました。彼はこのとき、「はい、生き返ります」、「あなたなら出来ます」とはとても言えませんでした。とてもそう思える状況ではなかったからです。彼が言えたのは、「あなたはご存じです」。これが精一杯の答えでした。
・今回の震災で私たちが目にしたものは、あたり一面瓦礫の山、何百という遺体が並んでいるという、あってはならない光景でした。それを実際にこの目で見たとき、軽々と復興を口にすることなどできませんでした。答えられないでいるエゼキエルに対して、主ご自身が答えられました。「私が生かす」と。人間の望みが絶えたとき、ただ一人、なおも望みを語ることができる方がおられるのです。主に命じられた通りにエゼキエルが預言すると、枯れた骨が人の姿となりました。そして、主の息が吹き入れられたとき、それらが生き返りました。
・この幻は、主イエスの復活の日に現実のものとなりました。主イエスの復活が信じられずに戸を閉じて集まっていた弟子たちの真ん中に主イエスは立たれ、「聖霊を受けよ」と命の息を吹き入れて下さいました。それによって、彼らは新しく命が与えられました。大きな震災によって疲れ果て、神に対する信仰さえ失われそうな私たちに、主はご自分の霊を、甦りの命を今朝、注いで下さいます。「あなたも甦ることができる。私の霊を受けよ!」と。
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