すべて重荷を負うて苦労している者は、私のもとに来なさい。

トップ  >  詩編  >  2011年7月27日祈祷会(詩編107篇、贖われる主に感謝せよ)
1.救いの歴史を振り返る

・詩編107編は第五巻の最初の詩編であり、「民を導き、求める者に救いをもたらす主」を賛美した歌である。「苦難の中から主に助けを求めて叫ぶと、主は彼らを苦しみから救ってくださった」という告白が繰り返され(107:6,13,19,28)、それ故に「主に感謝せよ。主は慈しみ深く、人の子らに驚くべき御業を成し遂げられる」という感謝が繰り返される(107:8,15,21,31)。詩は捕囚によって散らされた民を集めて下さった主への感謝から始まる。
−詩編107:1-3「恵み深い主に感謝せよ、慈しみはとこしえにと。主に贖われた人々は唱えよ。主は苦しめる者の手から彼らを贖い、国々の中から集めてくださった、東から西から、北から南から」。
・離散した民が新国家建設のためにエルサレムに集められた。散らされた民の集結は旧約・新約を貫くテーマであり、イエスも「イスラエルの失われた羊を集めるために来た」と自ら言われた(マタイ10:5-6)。捕囚の民は解放されてエルサレムに帰還した。間には1000劼鯆兇┐觜嗅遒篋叔が拡がる。その荒野を捕囚民は歩き、飢えと渇きの中で主を求め、主はそれに応えて、エルサレムまでの旅路を守って下さった。
−詩編107:4-9「彼らは、荒れ野で迷い、砂漠で人の住む町への道を見失った。飢え、渇き、魂は衰え果てた。苦難の中から主に助けを求めて叫ぶと・・・主はまっすぐな道に彼らを導き、人の住む町に向かわせてくださった・・・主は渇いた魂を飽かせ、飢えた魂を良いもので満たしてくださった」。
・捕囚民は「闇と死の陰に置かれ、貧苦と鉄の枷に縛られていた」(イザヤ42:22)。それは民が「神の仰せに反抗し、いと高き神の御計らいを侮った」(イザヤ42:24)からだ。しかし主は民をその苦しみから解放して下さった。
−詩編107:10-16「彼らは、闇と死の陰に座る者、貧苦と鉄の枷が締めつける捕われ人となった。神の仰せに反抗し、いと高き神の御計らいを侮ったからだ。主は労苦を通して彼らの心を挫かれた。彼らは倒れ、助ける者はなかった。苦難の中から主に助けを求めて叫ぶと・・・闇と死の陰から彼らを導き出し、束縛するものを断ってくださった・・・主は青銅の扉を破り、鉄のかんぬきを砕いてくださった」。
・捕囚の民は背きと罪の故に捕らえられ、死の床で悶え苦しんでいた。苦難の中で主を求めると主は御言葉をもって彼らをいやし、救い出して下さった(イザヤ40:1-2)。
−詩編107:17-22「彼らは、無知であり、背きと罪の道のために、屈従する身になった。どの食べ物も彼らの喉には忌むべきもので、彼らは死の門に近づいた。苦難の中から主に助けを求めて叫ぶと・・・主は御言葉を遣わして彼らを癒し、破滅から彼らを救い出された。主に感謝せよ・・・感謝のいけにえをささげ、御業を語り伝え、喜び歌え」。

2.贖われる主に感謝する

・22節からは海難にあえぐ者の救いが歌われる。海を通ってエルサレムに集められた民もいたのであろう。
−詩編107:23-32「彼らは、海に船を出し、大海を渡って商う者となった。彼らは深い淵で主の御業を、驚くべき御業を見た。主は仰せによって嵐を起こし、波を高くされたので、彼らは天に上り、深淵に下り、苦難に魂は溶け、酔った人のようによろめき、揺らぎ、どのような知恵も呑み込まれてしまった。苦難の中から主に助けを求めて叫ぶと・・・主は嵐に働きかけて沈黙させられたので波はおさまった。彼らは波が静まったので喜び祝い、望みの港に導かれて行った・・・民の集会で主をあがめよ。長老の集いで主を賛美せよ」。
・主の摂理の手は海にまでも及ぶ。イエスもまたガリラヤ湖で嵐を鎮められた(マタイ8:23-27)。主は大河を荒野とすることもお出来になるし、砂漠を湖とすることもお出来になる。私たちは主の恵みで水や食べ物を与えられ、毎日を生きることが出来る。
−詩編107:33-38「主は大河を荒れ野とし、水の源を乾いた地とし、住む者の悪事のために実り豊かな地を塩地とされた。主は荒れ野を湖とし、砂漠を水の源とし、飢えていた人々をそこに住まわせ、人の住む町を固く立てられた。彼らは野に種を蒔き、ぶどう畑を作り、作物を実らせた。主が祝福されたので彼らは限りなく増え、家畜も減らされることはなかった」。
・しかし人間の罪はこの摂理の秩序を崩しつつある。死海が流入するヨルダン川の過剰取水のために消滅しつつあるという(参考資料参照)。このような事柄を私たちはどう考えるべきだろうか。詩編107:39-43は不毛、災厄、嘆きによって屈み込む人々に主は慈しみを与えられ、主を求めないものには裁きが下ると歌う。現在の私たちは自分の力で苦境を脱しようとする。先の死海では、イスラエル、パレスチナ、ヨルダン三カ国は長さ200キロの運河を建設して紅海から死海に年間20億立方メートルの海水を引く計画を立て、合意した。この計画をどう評価したら良いのだろうか。人間はなんでも出来るのだろうか。
−詩編107:39-43「不毛、災厄、嘆きによって、彼らは減って行き、屈み込んだ。主は貴族らの上に辱めを浴びせ、道もない混沌に迷い込ませられたが、乏しい人はその貧苦から高く上げ、羊の群れのような大家族とされた。正しい人はこれを見て喜び祝い、不正を行う者は口を閉ざす・・・人は皆、これらのことを心に納め、主の慈しみに目を注ぐがよい」。


詩編107編参考資料1:神の摂理と人間の罪(「死海消滅の危機、水の大量使用や降水量減少で」2009年12月6日 AFP、発信地:GHOR HADITHA/ヨルダンから)

・塩分濃度が世界で最も高いこと、そして湖面の海抜が世界で最も低いことで知られるアラビア半島の死海(Dead Sea)。この塩水湖の水位は年々低下している。1960年にマイナス395メートルだった湖面の海抜は、現在はマイナス422メートルとなるなど、湖面は年平均で約1メートルずつ下がっている。場所によっては水際が1キロ以上も沖の方に後退した場所もある。このまま縮小が続けば2050年までに死海が消滅する可能性があるとの試算もある。
・湖面低下はイスラエル、ヨルダン、シリアなどの沿岸国が死海に流れ込むヨルダン川(Jordan River)の水を大量に利用し始めた1960年代に始まった。数十年間にわたり沿岸3か国はヨルダン川を流れる水の95%程度を取水してきた。流量自体も減っている。中東の環境保護団体「Friends of the Earth Middle East」(FoEME)によると、この50年間で、かつて13億立方メートルを超えていたヨルダン川の年間流量は7000万立方メートルに激減した。
・イスラエル、パレスチナ自治区、ヨルダンは2005年、長さ200キロの運河を建設して紅海(Red Sea)から死海に年間20億立方メートルの海水を引く計画について大筋で合意した。しかし、現在は世界銀行(World Bank)の資金で2年間かけて予備調査を行っている段階だ。ヨルダンは9月、単独で約20億ドル(約1800億円)を費やして紅海の水を引くパイプラインを建設する計画に着手することを決めた。だが、政治的・経済的理由によりこの計画は容易ではないとある専門家は指摘する。この専門家によると、温暖化で降水量が減っていることも死海の湖面低下問題を一層悪化させているという。
・ヨルダンのハリド・イラニ(Khaled Irani)環境相は、国連気候変動枠組み条約(UN Framework Convention on Climate Change、UNFCCC)第15回締約国会議(COP15)でこの問題を提起する意向だ。「この問題はヨルダンに大きな影響を与えている。死海を救うための人員や費用を分担するよう先進国に求めたい」と語っている。(c)AFP/Ahmad Khatib

詩編107編参考資料2:東日本震災と神の摂理・並木浩一「ヨブ記からの問いかけ」(福音と世界2011年8月号から)

ヨブ記の中で神が言及する地球物理的な自然は固有の法則を持っている。自然は自律的であり、人間の願望には従わない。気象がそれを象徴的に語る。雨は人の住まない荒野にも降るのである(ヨブ38:26)・・・今回の東日本を襲った大地震と津波の発生は北米大陸プレートが過去に相当の回数行って来た自然界のリズムによる。このリズムに十分な配慮を払った生活形態を築かなければ、人々は再び悲惨な状況に追い込まれるだろう。ヨブ記は今日、人間に固有な責任の確認と外部世界の独自性の承認とをわれわれに問うている。
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