すべて重荷を負うて苦労している者は、私のもとに来なさい。

トップ  >  エゼキエル書  >  2011年6月23日祈祷会(エゼキエル29章、イスラエルとエジプト)
1.エジプトへの審判預言

・エゼキエル書29〜32章はエジプトへの審判預言だ。それぞれの預言に日付が記してあり、17年間に為された預言を編集し、集めたものである。最初の預言(29:1-16)は捕囚第十年十月(紀元前587年1月)であり、エルサレムがバビロニア軍に包囲され、エルサレムの住民も捕囚の民も、エジプト軍の救援を期待していた時期のものである。エゼキエルはその民に、エジプト軍の救援を期待しても無駄であるし、主はエジプトを撃たれると預言する。
-エゼキエル29:1-5「 第十年の十月十二日に主の言葉が私に臨んだ『人の子よ、あなたの顔をエジプトの王ファラオに向けて、王とエジプトの全土に対して預言し、語って言いなさい。主なる神はこう言われる。エジプトの王、ファラオよ、私はお前に立ち向かう。ナイル川の真ん中に横たわる巨大な鰐よ、お前は言う。ナイル川は私のもの、私が自分のために造ったものだと。私はお前の顎に鉤をかけ、うろこにナイル川の魚をつけさせ、ナイル川の真ん中から引き上げ・・・お前を荒れ野に捨てる・・・私は野の獣、空の鳥にお前を食物として与える』。
・当時の世界の二大勢力はエジプトとメソポタミヤであり、エジプトはメソポタミヤに次々に起こる帝国(アッシリア、バビロニア)に対抗するために、緩衝地帯としてパレスチナを必要としていた。そのため、バビロニアの支配下にあったパレスチナ諸国をそそのかして反バビロニア同盟を結成させ、その結果、イスラエルは今、亡国の瀬戸際まで追い込まれている。エジプトのパレスチナ諸国への支援は口先だけであり、自国の存亡を賭けてまで諸国救済には動かない。彼らは寄り掛ればすぐに折れる「葦の杖」に過ぎないのがわからないのかとエゼキエルは捕囚の人々に言う。
-エゼキエル29:6-7「エジプトのすべての住民は、私が主であることを知るようになる。お前は、イスラエルの家にとって、葦の杖にすぎない。彼らがお前の手をつかむと、お前は折れ、彼らの肩は砕けた。彼らが寄りかかると、お前は裂け、彼らの腰はすべてふらついた」。
・エジプトは「ナイルの巨大な鰐」と呼ばれていた。エジプト王は「ナイル川は私のもの、私が自分で造った」と誇る。しかし、エゼキエルは言う「エジプトがナイル川を造ったのではなく、ナイル川がエジプトを造った。ナイル川は流域に豊かな土壌を生み出し、その水は田畑を灌漑し、その結果エジプトは世界の穀倉地帯としてその繁栄を見た。それなのに創造主を忘れ、自分こそナイルの主だと言い始めたゆえに、エジプトは滅ぼされる」と主なる神は宣言される。
-エゼキエル29:8-10「それゆえ、主なる神はこう言われる。私はお前に剣を臨ませ、お前の中から人も獣も絶ち滅ぼす。エジプトの地は荒野に変わり、廃虚となる。そのとき、彼らは私が主であることを知るようになる。お前が、『ナイル川は私のもの、私が造ったものだ』と言ったからだ。それゆえ、私はお前とお前のナイル川に立ち向かい、エジプトの地を廃虚とし、ミグドルからセベネを経て、クシュの境に至るまで荒野にする」。

2.イスラエルとエジプト

・ここで裁かれているのは誇りと傲慢からくるエジプトという国家の妄想である。彼らは世界の支配者たらんとしてパレスチナ地方を制圧し、バビロニア帝国の勢力が強まると、パレスチナ諸国をバビロニアへの反乱にそそのかし、いざとなると彼らを見捨てた。かつての日本もアジアの盟主になろうとする妄想をいだき、東亜新体制を唱えたが、それは自国の利害のためであり、アジア諸国の繁栄のためではなかった。だから主は介入され、日本の野望を打ち砕かれた。
-エゼキエル29:12「私はエジプト人の地を、荒れ果てた国々の中で、最も荒れ果てた地とする。その町々は荒れ廃れた町々の中で、四十年の間最も荒れ果てたものとなる。私はエジプト人を諸国民の中に散らし、国々の間に追いやる」。
・第二の罪は国家の利己心である。エジプトはイスラエルに同盟を申し入れたが、それはイスラエルをバビロニア帝国への防波堤にするためであり、危難が来ればこれを捨てた。アメリカが日本と安保条約を結んだのも、最初はソ連への前線基地として(三沢基地)、次には中国への前線としてであり(沖縄諸基地)、駐留米軍の任務はアメリカの権益擁護のためであり、日本のためではないことを認識する必要がある。アメリカは現代のエジプトでに似ている。
-エゼキエル29:13-16「四十年が終わると、私は散らされていた諸国民の間からエジプト人を集める。私はエジプトの繁栄を回復する。私は彼らを出身地である上エジプト人の地に帰らせる。そこで彼らはささやかな王国を造る。それは他の王国よりも低く、もはや彼らが他の国々の上に立つことはない。彼らが他の国々を踏みつけることがないように、私は彼らを小さくする。イスラエルの家は、もはや、彼らに頼らず、かつて彼らを頼みにして犯した罪を思い起こす。そのとき、彼らは私が主なる神であることを知るようになる」。
・29:17以下の預言は第二十七年(前567年)であり、最初の預言から17年が経過している。その年、バビロニア王ネブカドネザルは上エジプトに侵略し、一部を制圧した。エゼキエルは先の預言の成就をそこに見て、詳細預言を述べたものであろう。しかし、エジプトが実際に滅びたのは前525年ペルシャにより制圧され、ペルシャ帝国に組み入れられた時である。その後、エジプトはギリシャ帝国、ローマ帝国の支配を受け、もう世界を支配するような強大国にはならなかった。政治もまた神の摂理の中にあることをエゼキエルは私たちに教える。


*エゼキエル29章参考資料〜信仰と政治「矢内原忠雄・日本の傷をいやすもの」から

・戦前日本の軍国主義を批判して東大を追われた矢内原忠雄は、戦後東大に復帰すると同時に、個人と民族を植え直そうと日本中を往き巡った。「日本精神への反省」(1945/10、木曽福島国民学校)に始まり、「日本の運命と使命」(1945/12、山形県会議事堂)を説き、「日本の傷を医すもの」(1945/12、東京芝田村町飛行館)について語る。さらに「国家興亡の岐路」(1946/2、大阪中ノ島公会堂)、「基督教と日本の復興 」(1946/2、名古屋朝日会館)、「日本の前途」(1946/12、東京帝大クリスマス講演会)と続く。

・「日本の傷を医すもの」では、まず、日本精神の二重の虚偽に反省を突きつける。国際的信義に悖る条約違反と天皇を神として偶像礼拝を強いた国体、すなわち他国への虚偽、また真の神への虚偽。この二重の虚偽が敗戦という苦難を導いたことを指摘し、いまは審判の苦難を神の手より受けよと勧める。また、この時にこそ、神の前に義しく、真理を愛する人格を作り出す教育の大切さを説く。和魂洋才を唱えてキリスト教を排斥してきた明治以来の教育が、神の他誰も見ていない所でも貫かれるような責任観念に疎くさせ、真理愛の欠如を導いた。それゆえに今はまず聖書の真理観を学ぶように訴える。そのうえで、フィヒテ『ドイツ国民に告ぐ』を挙げつつ、日本の遺産の中にも優れたものを指摘し、これを普遍性へともたらし、何よりもキリストの福音において生かせと説く。

・天皇に聖書の真理を学ぶように勧めるのも、この文脈においてである。キリスト教に改宗することをではなく、天皇をも神の前のひとりの人格と見て、そのようなひとりの人格として立つことを勧めるのである。それは、預言者の精神に倣うものといえよう。預言者は社会思想家ではなく、ましてや革命家ではなかった。王を敬うという点で民衆と心を一つとしていても、王を神の前に立つ一人格と見て、真正面から王に諫めの言葉を語る。矢内原は事柄を社会運動や制度の問題とは見ていない。一国の元首がキリスト教を奉じても、キリスト教の名で虚偽が行われることもあり得る。日本国民にキリスト教を受けるように勧めるとき、矢内原は聴衆に、神の前の一人格として「真実であってください」と訴え、これこそが日本の傷を癒すと告げる。

・捕囚期の預言者、エレミヤが指し示したのも、そのような真実であったと。「人の復活と国の復活 」(一九四八年三月二八日、内村鑑三第一八周年記念講演会)においても、何を喰らい何を着るかよりも、日本を真実に立つ義しい国にすることを、いかに心底望むかが大切と説かれる。聖書の言葉を観念的にではなく、真実として受け、「自分たちの実験した結果として」生きることが真の復活であると説かれている。これらの講演は一九四七年に、戦前の「国家の理想」「神の国」などとともに『日本の傷を医すもの』の表題で一書にまとめられた。

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