すべて重荷を負うて苦労している者は、私のもとに来なさい。

トップ  >  エゼキエル書  >  2011年3月10日祈祷会(エゼキエル13章、偽りの預言者は砕かれる)
1.偽預言者の横行とそれへの裁き

・エゼキエル13章は第一次捕囚後に蔓延していた楽観論を唱える偽預言者の実態と、それに対する審判の預言である。偽預言者の典型がエレミヤ28章に出るハナンヤである。人々はバビロン軍の支配から一刻も早く、解放されたいと願っていた。その人々の願いに迎合する者が偽預言者である。
-エレミヤ28:2-4「イスラエルの神、万軍の主はこう言われる。私はバビロンの王の軛を打ち砕く。二年のうちに、私はバビロンの王ネブカドネツァルがこの場所から奪って行った主の神殿の祭具をすべてこの場所に持ち帰らせる。また、バビロンへ連行されたユダの王、ヨヤキムの子エコンヤおよびバビロンへ行ったユダの捕囚の民をすべて、私はこの場所へ連れ帰る・・・なぜなら、私がバビロンの王の軛を打ち砕くからである』」。
・捕囚地でも同じような楽観論を預言をする者たちがいた。それに対してエゼキエルは痛烈に批判する。
-エゼキエル13:3-7「災いだ、何も示されることなく、自分の霊の赴くままに歩む愚かな預言者たちは。イスラエルよ、お前の預言者たちは廃虚にいる山犬のようだ。お前たちは、主の日の戦いに耐えるために、城壁の破れ口に上ろうとせず、イスラエルの家を守る石垣を築こうともしない。彼らはむなしい幻を見、欺きの占いを行い、主から遣わされてもいないのに、『主は言われる』と言って、その言葉が成就するのを待っている。お前たちが見ているのはむなしい幻、お前たちが口にしているのは欺きの占いではないか。私が語ってもいないのに、『主は言われる』と言っている」。
・預言者の役割は、神から聞いた言葉を民に伝えることだ。それがどのように厳しい言葉であっても伝えなければいけない。それこそが「城壁の破れ口に上り」、「イスラエルの家を守る石垣を築く」ことだ。しかし偽預言者は民に不愉快な言葉を話そうとしない。そのことによって人々は真剣に悔い改めることをせず、事態は悪化して行く。
-エゼキエル13:10-12「平和がないのに、彼らが『平和だ』と言って私の民を惑わすのは、壁を築くときに漆喰を上塗りするようなものだ。漆喰を上塗りする者に言いなさい『それは、はがれ落ちる』と。豪雨が襲えば、雹よ、お前たちも石のように落ちてくるし、暴風も突如として起こる。壁が崩れ落ちれば、『先に施した上塗りはどこに行ったのか』とお前たちは言われるに違いない」。

2.人はなぜ偽預言を求めるのだろうか

・偽預言は重大な欺瞞であるが、その代わりに優遇される快適な生活が報いとして与えられる。ヒゼキヤの時代、宮廷には王に仕える預言者たちがいたが、彼らは王に逆らう預言はしない。ビリー・グラハムは大衆伝道者として著名であるが、子のフランクリン・グラハムは同時多発テロ直後に「大統領の祈祷者チーム」を立ち上げ、イスラム教を「邪悪な宗教」と呼んで報復戦争に加担して行った。彼らもまた偽預言者なのだろうか。
-エゼキエル13:13-16「それゆえ、主なる神はこう言われる。私は憤りをもって、暴風を起こし、怒りをもって豪雨を降らせ、怒り狂って雹を石のように降らせ、すべてを破壊する。お前たちが漆喰を塗った壁を私は破壊し、地面に打ちつけて、その基礎をむき出しにする。それが崩れ落ちるとき、お前たちもその中で滅びる。そのとき、お前たちは、私が主であることを知るようになる。私は、壁とそれに漆喰を塗った者たちに対し怒りを注ぎ尽くし、『壁もなくなり、それに上塗りをした者たちもいなくなった』とお前たちに言う。エルサレムに預言するイスラエルの預言者たちよ。平和がないのに、都のために平和の幻を見る者たちよ、と主なる神は言われる」。
・社会が混乱し、人々が不安になる時、その不安を慰めるために、巫女や占い師たちが現れる。日本も明治から大正期にかけて、多くの巫女たちが現れ、現代も続いている(中山みき=天理教、出口なお=大本教、北村サヨ=天照皇大神宮教)。占いや魔術は聖書に禁止されていたのに無くならなかった。今日でも人々は占いや魔除けに依存している。
-エゼキエル13:17-19「人の子よ、自分の心のままに預言するあなたの民の娘たちに顔を向け、彼女らに預言しなさい。あなたは言わねばならない・・・災いだ、人々の魂を捕らえようとして、どの手首にも呪術のひもを縫い付け、どんな大きさの頭にも合わせて呪術の頭巾を作る女たちよ。お前たちは私の民の魂を捕らえ、自分たちの仲間の魂を生かしておこうとする。お前たちは、ひと握りの大麦とひとかけらのパンのゆえに、わが民の前で私を汚し、欺きの言葉に聞き入るわが民を欺くことによって、死ぬべきではない者を殺し、生きるべきではない者を生かしている」。
・偽預言には必ず耳を傾ける聴衆がいる。何故なら人は自分の希望が満たされ、不幸が取り除かれることを求め、それを語る者を好むからである。しかし偽預言は結局役に立たない。真実ではないからだ。その時、宗教は麻薬になる。調査によれば人々は仏教に好感を持つが、寺院や僧侶に対する好感度は極端に低い。寺院が経営体となり、真理を探究していないと人々は見ている。預言者が職業化・世襲化した時、偽預言者が出やすい。
-エゼキエル13:8-9「それゆえ、主なる神はこう言われる。お前たちはむなしいことを語り、欺きの幻を見ているので、私はお前たちに立ち向かう、と主なる神は言われる。私の手は、むなしい幻を見る預言者たちと、欺きを占う占い師たちに向けられる。彼らは私の民の集いに加えられず、イスラエルの家の記録にも記されず、イスラエルの土地に入ることもできない。そのとき、お前たちは私が主なる神であることを知るようになる」。

*エゼキエル13章参考資料「今日の偽預言者とはだれか」

・2500年前に語られた偽預言者への警告は今日では、宗教を商売にする牧師たちに向かって語られる。E.H.ピーターソンはその著「牧会者の神学」の中で、神の言葉を取次ごうとしない牧師たちに警告する。
-牧会者の神学から「アメリカの牧師たちは企業経営者の一群に変容してしまった・・・それは『宗教という商店経営』であって、商店経営という点においては他の商売となんら変わることはない。目覚めている時、これらの企業家たちの心を占めていることはファーストフード店の経営戦略と同じような関心である。眠っている時、彼らが夢見ていることはジャーナリストの注目を集めるようなたぐいの成功である」
・カール・バルトも「人々を満足させる牧師」という説教を通して同じことを言った。
-カール・バルト説教選集6巻より「偽りの預言者とは、人々に満足を与える牧師のことである。彼は福音の説教者、牧会者、奉仕者と呼ばれるが、しかし彼は人間たちの被用者にすぎない。彼は自分が神の名において語っていると夢想しているが、彼は世論の名において、立派な人々の名において語っているに過ぎない。キリスト教はあなた方にとって好ましく重要なものである。あなた方は生活の美しい飾りとしてそれを好む。しかし、神の霊とこの世の霊との間には平和はない。神の意志と人間の意志との間の平和を説教し、現在の生と新しい生を穏やかに賢く結び付け、民が築く隙間の多い壁に宗教と言う漆喰を上塗りし、人々を満足させようとする、そのようなことには何の意味もない」
・今日の日本で懸念されるのは「減税日本」や「みんなの党」のような、非現実的な口当たりの良い政策を掲げる政党が国民に支持されていることだ。日本の予算規模は92兆円であるが、そのうち税収は41兆円で、不足分44兆円を国債で賄っている。国・地方の債務残高は892兆円(GDPの184%、他の先進国は100%以内)に達し、財政破綻の状況にある。その中で国債価格や通貨が暴落しないのは国内貯蓄が1,000兆円あり、また経常収支が黒字で国内に資金が還流しているからである。しかしやがて総債務残高は国内貯蓄を上回り、また経常収支も資源価格の上昇が続けば赤字化し、その時には国家の財政破綻が現実化する。それを避けるためには消費税を含めた増税が不可避であるのに、人々はこの現実を見ようとはしない。「減税日本」や「みんなの党」こそ、現代の偽預言者ではないだろうか。
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