すべて重荷を負うて苦労している者は、私のもとに来なさい。

トップ  >  詩編  >  2011年1月5日祈祷会(詩編79篇、主よいつまで)
1.国家滅亡の悲哀の中で

・詩編79篇は、国が滅ぼされ、同胞が殺されていく中で、神に救いを求める詩だ。異国の民が聖なる都に侵略し、神殿は破壊され、都は瓦礫の山になってしまった。主の僕たちは惨殺され、その死肉を空の鳥や地の獣たちが食いあさっている。
-詩編79:1-2「神よ、異国の民があなたの嗣業を襲い、あなたの聖なる神殿を汚し、エルサレムを瓦礫の山としました。あなたの僕らの死体を空の鳥の餌とし、あなたの慈しみに生きた人々の肉を地の獣らの餌としました」。
・死者が埋葬されずに放置されることは神の呪いの極地である。さらに近隣の民は「お前たちの神は無力で救う力はない」と嘲笑する。「主よ、いつまで放置されるのか、いつまであなたの憤りは続くのか」と詩人は沈黙の神に訴える。
-詩編79:3-5「彼らは、エルサレムの周囲に、この人々の血を水のように流します。葬る者もありません。わたしたちは近隣の民に辱められ、周囲の民に嘲られ、そしられています。主よ、いつまで続くのでしょう。あなたは永久に憤っておられるのでしょうか。あなたの激情は火と燃え続けるのでしょうか」。
・神を信じる者が神の守りを感じ、神の約束の成就を見ることは大きな喜びだ。しかし神を信じていても、裏切られ、悲哀の中に放置されることもある。いくら叫んでも神は沈黙され、神を信じない傲慢な人々が勝ち誇り、侮り、嘲笑する時、その信仰は揺さぶられる。詩人はそのような状況の中で、「あなたが生きておられることを見せて下さい。この敵に報復して下さい」と祈る。
-詩編79:6-7「御怒りを注いでください、あなたを知ろうとしない異国の民の上に、あなたの御名を呼び求めない国々の上に。彼らはヤコブを食いものにし、その住みかを荒廃させました」。
・詩人は恨みだけを述べているのではない。8節以降にあるのは、自分たちの罪がこの災いをもたらしたとの罪の自覚と悔い改めだ。この詩の中には二つの信仰論理がある。一つはエルサレムの悲劇が神に真実であった民に一方的に起こったとする考え方だ。自分たちは被害者だと思う時、加害者に対する怒りや報復が生まれてくる。他方、被害者も故なく被害に遭うのではなく、そこに自分たちの罪を見る時、悲劇の中に悔い改めの論理が出てくる。
-詩編79:8-9「どうか、私たちの昔の悪に御心を留めず、御憐れみを速やかに差し向けてください。私たちは弱り果てました。私たちの救いの神よ、私たちを助けて、あなたの御名の栄光を輝かせてください。御名のために、私たちを救い出し、私たちの罪をお赦しください」。

2.罪の悔い改めと報復の祈りと

・それでも詩人は神の正義、敵に対する報復を求める。正義とは悪に対する懲らしめだ。自分たちが撃たれるのはやむをえないが、自分たちの不幸に便乗して利をあさる諸国民も懲らしめられなければあなたの正義は完結されないのではないかと詩人は神に叫ぶ(エルサレム陥落の折、エドム・モアブ・アンモン等の周辺部族も略奪に参加している)。
-詩編79:10-12「どうして異国の民に言わせてよいでしょうか『彼らの神はどこにいる』と。あなたの僕らの注ぎ出された血に対する報復を、異国の民の中で、私たちが目の前に見ることができますように・・・主よ、近隣の民のふところに、あなたを辱めた彼らの辱めを、七倍にして返してください」。
・韓国のキリスト教信仰に中には「恨の神学」があると言われる。受難の民という視点から救済を求める。しかし「恨」は人々との連帯をもたらさない。被害者は同時に加害者であるとの視点がない限り、その苦難の訴えは聞かれないだろう。
−栗原貞子・ヒロシマというとき「〈ヒロシマ〉というとき、〈ああ ヒロシマ〉とやさしく答えてくれるだろうか。〈ヒロシマ〉といえば〈パール・ハーバー〉、〈ヒロシマ〉といえば〈南京虐殺〉・・・〈ヒロシマ〉といえば血と炎のこだまが 返って来るのだ。〈ヒロシマ〉といえば〈ああ ヒロシマ〉とやさしくは返ってこない。アジアの国々の死者たちや無告の民がいっせいに犯されたものの怒りを噴き出すのだ。〈ヒロシマ〉といえば〈ああヒロシマ〉とやさしい答えが返って来るためには、私たちは私たちの汚れた手をきよめねばならない」。
・森有正は「体験の経験化」の必要性を訴える。どのような出来事も体験に留まる限り、過去の出来事でしかない。それが経験にまで昇華された時、その出来事は真理となっていく。日本人は国全体としては、敗戦を経験化しなかった。ここに民族の不幸がある。「体験を経験化しない」時、その悲しみは「死に至る悲しみ」となるであろう。
-競灰螢鵐7:10「神の御心に適った悲しみは、取り消されることのない救いに通じる悔い改めを生じさせ、世の悲しみは死をもたらします」。
・詩編79篇には「体験の経験化」があるのではないか。イスラエルは捕囚を通して自分たちの罪を認め、それを文書化して行った。捕囚時代に書かれた列王記は、「王たちの罪の歴史」を書き続ける。罪を認め、悔い改めた時、神は救済して下さる。現在、神が沈黙されていてもやがて救って下さる、裁きは救うためになされるとの信仰がここにある。
-詩編79:11-13「捕われ人の嘆きが御前に届きますように。御腕の力にふさわしく、死に定められている人々を、生き長らえさせてください・・・私たちはあなたの民、あなたに養われる羊の群れ。とこしえに、あなたに感謝をささげ、代々に、あなたの栄誉を語り伝えます」。
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