すべて重荷を負うて苦労している者は、私のもとに来なさい。

トップ  >  詩編  >  2010年12月8日祈祷会(詩編76篇、戦いを無力にされる主)
1.シオンからメシアへ

・詩編76篇・70人訳は「アッシリヤに対する歌」との表題をつける。6-7節の言葉より、「エルサレムに攻め込んだアッシリヤ軍が神の介入により敗退して行った時(前701年、列王記下19章)」のことを歌った歌と理解したのであろう。
-詩編76:6-7「勇敢な者も狂気のうちに眠り、戦士も手の力を振るいえなくなる。ヤコブの神よ、あなたが叱咤されると、戦車も馬も深い眠りに陥る」。
・この詩の背景にはシオン神学(シオン=エルサレムは神の住まれる都である故、敵に脅かされることはない)がある。イザヤの時代、攻め込んできた敵軍が敗退したことから生まれた神学である。しかし次のエレミヤ時代になると、エルサレムは破壊され、神殿は消失する。シオンは不可侵ではなかった。ここにおいて「エルサレムが聖なる存在ではなく、主が聖なる方である」とのメシア信仰が生まれ、争いを終わらせる主を待望するようになる。
-ミカ4:1-3「終わりの日に、主の神殿の山は・・・どの峰よりも高くそびえる。もろもろの民は大河のようにそこに向かい、多くの国々が来て言う『主の山に登り、ヤコブの神の家に行こう。主は私たちに道を示される。私たちはその道を歩もう』と。主の教えはシオンから、御言葉はエルサレムから出る。主は多くの民の争いを裁き・・・強い国々を戒められる。彼らは剣を打ち直して鋤とし、槍を打ち直して鎌とする。国は国に向かって剣を上げず、もはや戦うことを学ばない」。
・76篇後半にはミカと同じメシア信仰がある。76篇はおそらくは捕囚後の第二神殿時代の詩であろう。
-詩編76:12-13「あなたたちの神、主に誓いを立て、それを果たせ。取り囲むすべての民は、恐るべき方に貢ぎ物をもたらすがよい。地の王たちの畏れる方は、支配者の霊をも断たれるであろう」。
・76篇は最初に「エルサレムに住まれる主は、弓と矢、盾と剣、そして戦いを砕かれる」と讃美する。
-詩編76:2-4「神はユダに御自らを示され、イスラエルに御名の大いなることを示される。神の幕屋はサレムにあり、神の宮はシオンにある。そこにおいて、神は弓と火の矢を砕き、盾と剣を、そして戦いを砕かれる」。
・主が立たれる時、戦の行われる山々(餌食の山々)にいる心の猛々しい者も静められ、戦士たちの手の力は奪われ、戦車も馬も闘志が萎える。主は武力を持って敵を砕かれるのではなく、人々の心から戦意を削がれ無力化される。
-詩編76:5-7「あなたが、餌食の山々から、光を放って力強く立たれるとき、勇敢な者も狂気のうちに眠り、戦士も手の力を振るいえなくなる。ヤコブの神よ、あなたが叱咤されると、戦車も馬も深い眠りに陥る」。
・そのような主に詩人は賛美を捧げる。主は戦を行おうとする愚かな人間を叱咤され、地は主の怒りの前に鎮まる。なおもシオンに攻めのぼろうとする者たちも主の帯(飾り)とされ、主は虐げられた者たちを救われる。
-詩編76:8-11「あなたこそ、あなたこそ恐るべき方。怒りを発せられるとき、誰が御前に立ちえよう。あなたは天から裁きを告知し、地は畏れて鎮まる。神は裁きを行うために立ち上がり、地の貧しい人をすべて救われる。怒り猛る者もあなたを認める、あなたが激しい怒りの名残を帯とされるとき」。

2.神の平和と現実のはざまで

・司馬遼太郎は「坂の上の雲」で、先進国になろうとして上昇を続ける明治期の日本を讃える。日本は日清、日露の両戦役を経て世界有数の軍事大国になったが、それが驕りとなり、やがて中国侵略を始め、泥沼の戦争期を迎え、結果的に国を滅ぼした。戦争は破壊するだけで建設することをしない。その意味で、「テロとの戦いよりもアフガンの人々に食糧を」との行動をする中村哲氏の働きは聖書の心を生きている。
-ローマ12:20-21「あなたの敵が飢えていたら食べさせ、渇いていたら飲ませよ。そうすれば、燃える炭火を彼の頭に積むことになる。悪に負けることなく、善をもって悪に勝ちなさい」。
・詩編76篇は「主は敵対する者の心を静めて跪かせ、敵対する王たちの霊を断たれる」と詩人が賛美して終わる。
-詩編76:12-13「あなたたちの神、主に誓いを立て、それを果たせ。取り囲むすべての民は、恐るべき方に貢ぎ物をもたらすがよい。地の王たちの畏れる方は支配者の霊をも断たれるであろう」。
・詩編76篇には「エルサレムを攻撃する者たちの心が鎮められることを通して彼らが非武装化され、平和の主を讃えるようになる」との思想がある。この賛歌の心を現実の政策に適用しうるだろうか。具体的には非武装中立という理想を実行できるだろうか。この世の現実の中で考えれば、非武装中立を唱える日本国憲法は非現実的と思える。
-日本国憲法前文「日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」。
・2008年5月「9条世界会議」の宣言文では、「9条の武力によらない平和という考え方は平和運動のシンボルになっており、9条の軍事費を抑制する機能は注目され、世界には軍隊をなくそうという運動や現実に廃止している国も出てきた」と言う。非武装中立は終末論的な理想であり、現在はそのような世界ではないことを踏まえた上で、平和を作るために努力する「ペシャワール会」、「海外医療協力会」、「国境なき医師団」等々の働きに関わることは信仰者の責務であろう。
-マタイ5:9「平和を実現する人々は、幸いである、その人たちは神の子と呼ばれる」。
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