すべて重荷を負うて苦労している者は、私のもとに来なさい。

トップ  >  エレミヤ書  >  2010年10月14日祈祷会(エレミヤ42章、神の言葉を待てない人々)
1.エジプトへ逃げようとするユダの人々

・バビロン王が立てた総督ゲダルヤはダビデ王族の一人イシマエルに殺され、その時に派遣されたカルデア人も殺され、その犯人を捕まえることができなかったヨハナンたちは、バビロン軍の報復を恐れてエジプトに逃亡しようとする。
-エレミヤ41:16-18「アヒカムの子ゲダルヤの暗殺の後、カレアの子ヨハナンと、彼と共にいたすべての軍の長たちは、ネタンヤの子イシュマエルのもとから救い出した民の残りの者をすべて・・・連れて、出発し、ベツレヘムに近いキムハムの宿場にとどまった。彼らはエジプトへ向かおうとしていた・・・彼らはカルデア人の報復を恐れたのである」。
・人々は自分たちの行為に神の保証が欲しかった。彼らはエレミヤを訪ね、神の御心を聞いてくれるように頼んだ。
-エレミヤ42:1-3「カレアの子ヨハナンとホシャヤの子エザンヤをはじめ、すべての軍の長と民の全員が、身分の上下を問わず、訪ねて来て、預言者エレミヤに言った『どうか、我々の願いを受け入れてください。我々のため、またこの残った人々のために、あなたの神である主に祈ってください。御覧のとおり、大勢の中からわずかに、我々だけが残ったのです。あなたの神である主に求めて、我々に歩むべき道、なすべきことを示していただきたいのです』」。
・この時、彼らは主の言葉に従おうと考えていた。「良くても悪くても御声に従います」と彼らは誓約した。
-エレミヤ42:4-6「預言者エレミヤは答えた『承知しました・・・あなたたちの神である主に祈りましょう。主があなたたちに答えられるなら、そのすべての言葉をお伝えします』。すると、人々はエレミヤに言った『主が我々に対して真実の証人となられますように。私たちは・・・主が、あなたを我々に遣わして告げられる言葉のとおり、すべて実行することを誓います。良くても悪くても、我々はあなたを遣わして語られる我々の神である主の御声に聞き従います』」。

2.エジプトに行くなと命じられる神

・エレミヤは熱心に祈った。そのため10日の時間が必要だった。しかし10日は敵の来襲を恐れる人々には長すぎた。人々はいつバビロン軍が攻めてくるかも知れないと恐れ、議論し、エジプト逃亡を決めたのであろう。そして神が彼らの計画を追認してくれることを願った。しかし御心は彼らの願いとは異なり、「この地に留まれ」というものだった。
-エレミヤ42:7-12「十日たって、主の言葉がエレミヤに臨んだ。そこで、エレミヤは・・・民の全員を召集し・・・語った『・・・主はこう言われる。もし、あなたたちがこの国にとどまるならば、私はあなたたちを立て、倒しはしない。植えて、抜きはしない・・・今、あなたたちはバビロンの王を恐れているが、彼を恐れてはならない。彼を恐れるな、と主は言われる。私があなたたちと共にいて、必ず救い、彼の手から助け出すからである。私はあなたたちに憐れみを示す。バビロンの王もあなたたちに憐れみを示して、この土地に住むことを許すであろう』」。
・「私があなたたちと共にいて、必ず救い、彼の手から助け出す」から、この地に留まれと主は命じられた。しかし人々の心は決まっていた。エレミヤはそれを知り、「エジプトに逃げればあなた方は死ぬ」と預言する。
-エレミヤ42:13-17「もしあなたたちが、我々はこの国にとどまることはできないと言って、あなたたちの神である主の声に聞き従わず・・・エジプトの地へ行こう。あそこでは戦争もないし、危険を知らせる角笛の音もせず、食べ物がなくて飢えることもない。あそこへ行って住もうと言うなら・・・イスラエルの神、万軍の主はこう言われる。もしあなたたちが、どうしてもエジプトへ行こうと決意し、そこに行って寄留するなら、まさに、あなたたちが恐れている剣が、エジプトの地で襲いかかり、心配している飢えがエジプトまで後を追ってとりつき、あなたたちはそこで死ぬ。エジプトへ行って寄留しようと決意している者はすべて剣、飢饉、疫病で死ぬ。私が臨ませる災いを免れ、生き残る者はひとりもない」。
・人々は神の御心に従おうとして、エレミヤに執成しを依頼した。しかし、御心が自分たちの願いと異なると、エレミヤを偽預言者と言い始める。彼らは神の言葉に従おうとはしなかった。
-エレミヤ43:1-3「主がエレミヤを遣わして伝えさせたすべての言葉を・・・語り終えた時、・・・アザルヤ・・・ヨハナンおよび高慢な人々はエレミヤに向かって言った『あなたの言っていることは偽りだ。我々の神である主はあなたを遣わしていない。主は、エジプトへ行って寄留してはならないと言ってはおられない。ネリヤの子バルクがあなたを唆して、我々に対立させ、我々をカルデア人に渡して殺すか、あるいは捕囚としてバビロンへ行かせようとしているのだ』」。
・人々はだれも神の言葉を聞こうとはしていない。人々が聞きたいのは自分たちの希望をかなえてくれる神の言葉であり、自分たちに苦難を強いる言葉ではない。カール・バルトの「人々を満足させる牧師」という説教は有名だ。
-カール・バルト説教選集6巻より「偽りの預言者とは、人々に満足を与える牧師のことである。彼は福音の説教者、牧会者、奉仕者と呼ばれるが、しかし彼は人間たちの被用者にすぎない。彼は自分が神の名において語っていると夢想しているが、彼は世論の名において、立派な人々の名において語っているに過ぎない。キリスト教はあなた方にとって好ましく重要なものである。あなた方は生活の美しい飾りとしてそれを好む・・・神の意志と人間の意志との間の平和を説教し、現在の生と新しい生を穏やかに賢く結び付け、民が築く隙間の多い壁に宗教と言う漆喰を上塗りし、人々を満足させようとする、そのようなことには何の意味もない。この説教を聞いて、あなた方が『私はもう教会に行かない』『我々には牧師など不要だ』と言うのも一つの選択である。しかしまた・・・神の意志によって克服され捕えられることも可能である。あなた方は人があなた方に神について語りつつ、同時にあなた方を満足させてくれるのを、求めることは出来ない。二つのうちの一つを選ばなければならない」。
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