すべて重荷を負うて苦労している者は、私のもとに来なさい。

トップ  >  エレミヤ書  >  2010年4月25日祈祷会(エレミヤ書22章、王に対するエレミヤの批判)
1.王を批判するエレミヤ

・21章後半〜22章始めに、ユダの王家に対するエレミヤの預言とそれを編集した史家の王家批判が展開される。主はダビデとその子孫に永遠の愛顧を置くとのダビデ契約を為され(サムエル記下7:11-16)、それがダビデ王朝は不滅であるとの神話を生んだ。エレミヤは神の委託に応えない王朝はダビデの子孫であっても滅ぼされると預言する。
-列王記22:2「ダビデの王位に座るユダの王よ・・・正義と恵みの業を行い、搾取されている者を虐げる者の手から救え。寄留の外国人、孤児、寡婦を苦しめ、虐げてはならない。この地で、無実の人の血を流してはならない。もし、あなたたちがこの言葉を熱心に行うならば、ダビデの王位に座る王たちは、車や馬に乗って、この宮殿の門から入ることができる、王も家臣も民も。しかし、もしこれらの言葉に聞き従わないならば・・・この宮殿は必ず廃虚となる」。
・22章10節〜23章6節には、王国末期の王たち(ヨシヤ、エホアハズ、エホヤキム、エホヤキン、ゼデキヤ)に対するエレミヤの批判が展開される。王は絶対権力者であるが、イスラエルでは本当の王は主であり、主の委託に答えない者は王であっても批判される。最初にエジプトとの戦いで敗死したヨシヤ王を悼むな、彼の子で即位間もなくエジプト軍によって廃位され、エジプトに抑留されて死んだエホアハズ(シャルム)のことを悲しめとエレミヤは言う。
-エレミヤ22:10-12「死んだ王のために泣くな。彼のために嘆くな。引いて行かれる王のために泣き叫べ。彼が再び帰って生まれ故郷を見ることはない。父ヨシヤに代わって王となったが、このところから引いて行かれたユダの王、ヨシヤの子シャルムについて主はこう言われる『彼は再びここに帰ることはない。彼は捕囚となっているそのところで死に、この国を再び見ることはない』」。
・エホアハズに代わって王位についたのがエホヤキム(ヨアキム)で、エジプトへの重い課徴金支払のために国民に重税を課しながら、自らは王宮造営を行い、人々に賃金をも支払わなかった。その王に対して苛烈な批判がなされる。
-エレミヤ22:13-15「災いだ、恵みの業を行わず自分の宮殿を、正義を行わずに高殿を建て、同胞をただで働かせ、賃金を払わない者は。彼は言う『自分のために広い宮殿を建て大きな高殿を造ろう』と。彼は窓を大きく開け、レバノン杉で覆い、朱色に塗り上げる。あなたは、レバノン杉を多く得れば立派な王だと思うのか」。
・エホヤキムに対する批判は続く。彼はエジプトの傀儡政権であり、バビロンに臣従しなかったため、バビロン軍の攻撃を受け、エルサレム包囲の中で死ぬ。彼の死は病死とも暗殺死とも言われる。
-エレミヤ22:17-19「あなたの目も心も不当な利益を追い求め、無実の人の血を流し、虐げと圧制を行っている。それゆえ、ユダの王、ヨシヤの子ヨヤキムについて主はこう言われる。だれひとり、『ああ、私の兄弟、ああ、私の姉妹』と言って彼の死を悼み、『ああ、主よ、ああ陛下よ』と言って、悼む者はない。彼はろばを埋めるように埋められる。引きずり出されて投げ捨てられる、エルサレムの門の外へ」。

2.破滅へと向かうユダ王国

・24節からエヒヤキムの子エホヤキン王についての預言がなされる。彼はユダ最後の王であり、即位まもなく、前597年の第一次捕囚で母親と共にバビロンに幽閉される。父の代わりに犠牲になったような生涯であった。
-エレミヤ22:24-27「『私は生きている』と主は言われる。『ユダの王、ヨヤキムの子コンヤは、もはや私の右手の指輪ではない。私はあなたを指から抜き取る。私はあなたを、あなたの命をねらっている者の手、あなたが恐れている者の手、バビロンの王ネブカドレツァルとカルデア人の手に渡す。私はあなたと、あなたを産んだ母を、生まれたところとは別の国へ追放する。あなたたちはそこで死ぬ。彼らが帰りたいと切に願っている国へ帰ることはできない」。
・エホヤキンはバビロンに捕囚されたが、その地では王として遇されたため、残された国民は彼の帰還を切望し、ダビデ王家の再興を期待した。後に、預言者ハガイはヨアキンの孫ゼルバベルにイスラエル再興の希望を託している(ハガイ2:23参照)。
-エレミヤ28:1-4「ユダの王ゼデキヤの治世の初め、第四年の五月に、主の神殿において・・・アズルの子ハナンヤが、祭司とすべての民の前で私に言った『イスラエルの神、万軍の主はこう言われる。私はバビロンの王の軛を打ち砕く。二年のうちに、私はバビロンの王ネブカドネツァルがこの場所から奪って行った主の神殿の祭具をすべてこの場所に持ち帰らせる。また、バビロンへ連行されたユダの王、ヨヤキムの子エコンヤおよびバビロンへ行ったユダの捕囚の民をすべて、私はこの場所へ連れ帰る、と主は言われる。なぜなら、私がバビロンの王の軛を打ち砕くからである』」。
・しかしエレミヤは甘い幻想、安価な恵みを砕くように預言する。「エホヤキンがエルサレムに帰ることはない。彼の子がこの地で王につくことはない。主はダビデ王家を砕かれたのだ」と。
-エレミヤ22:28-30「この人、コンヤは砕け、卑しめられた壺か。だれも惜しまない器か。なぜ彼と彼の子孫は追放され、知らない国へ追いやられるのか。大地よ、大地よ、大地よ、主の言葉を聞け。主はこう言われる『この人を、子供が生まれず、生涯、栄えることのない男として記録せよ。彼の子孫からはだれひとり栄えてダビデの王座にすわり、ユダを治める者が出ないからである』」。
プリンタ用画面
友達に伝える
前
2010年4月15日祈祷会(エレミヤ書21章、命の道と死の道)
カテゴリートップ
エレミヤ書
次
2010年5月6日祈祷会(エレミヤ書23章、民を正しく導かない王と預言者に対する批判)