すべて重荷を負うて苦労している者は、私のもとに来なさい。

トップ  >  エレミヤ書  >  2010年4月1日祈祷会(エレミヤ書19章、陶器を砕く象徴預言)
1.陶器を砕くエレミヤ

・エレミヤは陶器師のところに行くように命じられた。彼がそこで見たのは、陶器師が粘土を用いて自分の思う通りに器を造り、気に入らない器は壊して別のものに造り変える姿だった。そのエレミヤに主は言われた「私がこの陶器師のようにふるまうことは許されないのか」と。そしてエレミヤは、今度は壺を買い、その壺をベン・ヒノムの谷で砕くように命じられる。
−エレミヤ19:1-11「主はこう言われる『行って、陶器師の壺を買い、民の長老と、長老格の祭司を幾人か連れて、陶片の門を出たところにある、ベン・ヒノムの谷へ出て行き・・・あなたは、共に行く人々の見ているところで、その壺を砕き、彼らに言うがよい。万軍の主はこう言われる。陶工の作った物は、一度砕いたなら元に戻すことができない。それほどに、私はこの民とこの都を砕く』」。
・預言者の象徴行為と言われるものだ。壺が粉々に砕けるようにエルサレムは主に依って砕かれる。神の言葉がこの象徴行為を通して目に見えるものとなる。私たちが教会堂を建てるのもこの象徴行為の一つだ。「会堂が伝道する」、会堂建設は信仰の可視化だ。私たちは先の会堂改修を通じてそれを学んだ。
−エレミヤ19:6-9「それゆえ、見よ、と主は言われる。このところがもはやトフェトとか、ベン・ヒノムの谷とか呼ばれることなく、殺戮の谷と呼ばれる日が来る。私はユダとエルサレムの策略をこのところで砕く。私は彼らを剣によって、敵の前に倒し、その命を奪おうとする者の手に渡し、彼らの死体を空の鳥、野の獣の餌食とする。私はこの都を恐怖の的とし、嘲られるものとする・・・彼らの敵と命を奪おうとする者が彼らを悩ますとき、その悩みと苦しみの中で、私は彼らに自分の息子や娘の肉を食らい、また互いに肉を食らうに至らせる」。
・この記述は前587年におこったバビロン軍のエルサレム侵略の預言だ。預言の通り、人々は殺され、その死体は谷に捨てられて、鳥や獣の餌食となり、飢えに苦しむ人々はその子を煮炊きして食べた。
−哀歌2:20-21「主よ・・・これほど懲らしめられた者がありましょうか。女がその胎の実を、育てた子を食い物にしているのです。祭司や預言者が、主の聖所で殺されているのです。街では老人も子供も地に倒れ伏し、おとめも若者も剣にかかって死にました。あなたは、ついに怒り、殺し、屠って容赦されませんでした」。

2.象徴預言の示すもの

・この象徴預言が示すことは深刻だ。出来そこないの器でも、まだろくろの上にある時は造り直すことができる。しかしイスラエルが造り直される時は過ぎた。イスラエルは砕かれる以外に用をなさない、その砕きの象徴がベン・ヒノムの谷だ。かつてそこでは異教の幼児犠牲が捧げられていた。その厭わしさゆえに、その場所が殺戮の谷、死体が捨てられる場所になると預言されている。
−エレミヤ7:31「彼らはベン・ヒノムの谷にトフェトの聖なる高台を築いて息子、娘を火で焼いた。このようなことを私は命じたこともなく、心に思い浮かべたこともない。それゆえ、見よ、もはやトフェトとかベン・ヒノムの谷とか呼ばれることなく、殺戮の谷と呼ばれる日が来る、と主は言われる。そのとき、人々はもはや余地を残さぬまで、トフェトに人を葬る」。
・この「ベン・ヒノム」がギリシャ語読みでは「ゲヘナ」、新約聖書で地獄を意味するものになる。聖書が示すのは、地獄は死んだら行くところであるよりも、今現在の地上において存在する場所だ。
-マルコ9:43「もし片方の手があなたをつまずかせるなら、切り捨ててしまいなさい。両手がそろったまま地獄(ゲヘナ)の消えない火の中に落ちるよりは、片手になっても命にあずかる方がよい。地獄(ゲヘナ)では蛆が尽きることも、火が消えることもない」。
・エレミヤはこの預言を神殿でも行った。その言葉は神殿警備長を怒らせ、彼は捕えられ、鞭打たれ、拘束される。
-エレミヤ19:14-20:2「エレミヤは・・・主の神殿の庭に立ち、民のすべてに向かって言った『イスラエルの神、万軍の主はこう言われる。見よ、私はこの都と、それに属するすべての町々に、私が告げたすべての災いをもたらす。彼らはうなじを固くし、私の言葉に聞き従おうとしなかったからだ』。主の神殿の最高監督者である祭司、イメルの子パシュフルは、エレミヤが預言してこれらの言葉を語るのを聞いた。パシュフルは預言者エレミヤを打たせ、主の家の上のベニヤミン門に拘留した」。
・エレミヤの行為は、太平洋戦争中に牧師が靖国神社の拝殿の前に立ち、国の敗戦と首都の炎上を預言する行為にも似る。当然為政者は彼を逮捕し、弾圧する。しかしエレミヤは恐れずに主の言葉を伝える。信じられない行為だ。
-エレミヤ20:4-6「主はこう言われる。見よ、私はお前を『恐怖』に引き渡す。お前も、お前の親しい者も皆。彼らは敵の剣に倒れ、お前は自分の目でそれを見る・・・パシュフルよ、お前は一族の者と共に、捕らえられて行き、バビロンに行って死に、そこに葬られる。お前も、お前の偽りの預言を聞いた親しい者らも共に」。
プリンタ用画面
友達に伝える
前
2010年3月25日祈祷会(エレミヤ書18章、陶工の手の中にある粘土)
カテゴリートップ
エレミヤ書
次
2010年4月8日祈祷会(エレミヤ書20章、エレミヤの告白)