すべて重荷を負うて苦労している者は、私のもとに来なさい。

トップ  >  エレミヤ書  >  2010年3月4日祈祷会(エレミヤ書15章、預言者としての岐路に立たされるエレミヤ)
1.エレミヤの告白と嘆き

・紀元前597年、バビロン軍はユダヤに侵攻し、住民は殺され、生き残った者は飢餓に苦しめられた。人々に裁きと滅びを語ってきたエレミヤも民に代わって、神の憐れみを懇願するが、その嘆願を神は拒否される。
-エレミヤ15:1-3「主は私に言われた『たとえモーセとサムエルが執り成そうとしても、私はこの民を顧みない。私の前から彼らを追い出しなさい。彼らがあなたに向かって、どこへ行けばよいのかと問うならば、彼らに答えて言いなさい・・・疫病に定められた者は疫病に、剣に定められた者は剣に、飢えに定められた者は飢えに、捕囚に定められた者は捕囚に。私は彼らを四種のもので罰する・・・剣が殺し、犬が引きずって行き、空の鳥と地の獣が餌食として滅ぼす』」。
・神は「憐れみに飽きた」とまで言われる。民は「なぜ飢餓から救済して下さらないのか」、「なぜ剣から守って下さらないのか」と私を非難する。「民が真に悔い改めるためには裁きが必要だ。止めてはならない」と神は言われる。
-エレミヤ15:5-6「エルサレムよ、誰がお前を憐れみ、誰がお前のために嘆くであろうか。誰が安否を問おうとして、立ち寄るであろうか。お前は私を捨て、背いて行った・・・私は手を伸ばしてお前を滅ぼす。お前を憐れむことに疲れた」。
・男たちは殺され、妻たちはやもめとなる。息子たちも殺され、母親は嘆く。しかしまだ終わりではない。生き残った者も敵の剣に渡されると主は宣告される。徹底的な滅びの宣告がなされる。
-エレミヤ15:8-9「やもめの数は海の砂よりも多くなった。私は白昼、荒らす者に若者の母を襲わせた。彼女はたちまち恐れとおののきに捕らえられ、七人の子の母はくずおれてあえぐ。太陽は日盛りに沈み、彼女はうろたえ、絶望する。私は敵の前で民の残りの者を剣に渡すと主は言われる」。
・エレミヤはこれまで民に「悔い改め」を求めてきた。しかし民はエレミヤの言葉を聞かないばかりか、逆にエレミヤを「災いを預言する者」として排斥してきた。預言通り裁きが来れば、今度は「自分たちを呪ったからこうなった」と民はエレミヤを恨む。エレミヤはどうして良いのかわからなくなり、嘆く。預言者もまた人の子である。
-エレミヤ15:10-11「ああ、私は災いだ。わが母よ、どうして私を産んだのか。国中で私は争いの絶えぬ男、いさかいの絶えぬ男とされている。私はだれの債権者になったこともだれの債務者になったこともないのに、だれもが私を呪う。主よ、私は敵対する者のためにも幸いを願い、彼らに災いや苦しみの襲うとき、あなたに執り成しをしたではありませんか」。

2.預言者として再び召される

・エレミヤの嘆きは続く。預言者が語る民を持たない時、どのように語ればよいのか。預言は人の罪を指摘し、悔い改めを求めるゆえに、必然的にその言葉は裁きとなり、民は聞きたくないゆえに離反する。聴衆のいない預言者、会衆のいない説教者ほど、空しいものはない。エレミヤは「何とかして下さい」と神に訴える。
-エレミヤ15:15-16「主よ、私を思い起こし、私を顧み、私を迫害する者に復讐してください。いつまでも怒りを抑えて、私が取り去られるようなことがないようにしてください。私があなたのゆえに、辱めに耐えているのを知ってください。あなたの御言葉が見いだされたとき、私はそれをむさぼり食べました。あなたの御言葉は、私のものとなり、私の心は喜び躍りました。万軍の神、主よ。私はあなたの御名をもって、呼ばれている者です」。
・民に捨てられたエレミヤは神に頼る。しかし神はエレミヤから苦痛を取り除こうとされない。エレミヤは神を告発する「あなたは私を裏切り、あてにならない流れのようになられた」、神も自分を捨てられたとエレミヤは感じている。
-エレミヤ15:17-18「私は笑い戯れる者と共に座って楽しむことなく、御手に捕らえられ、独りで座っていました。あなたは私を憤りで満たされました。なぜ、私の痛みはやむことなく、私の傷は重くて、いえないのですか。あなたは私を裏切り、当てにならない流れのようになられました」。
・エレミヤは彼の30年間の努力が否定されたとして嘆く。反貧困NPOで働く湯浅誠氏はその働きを評価され、内閣府参与となって、ホームレスや失業者救済に取り組むが、官僚組織の壁に阻まれ、3か月で辞任した。エレミヤの30年に比し、あまりにも早い。否定されて改めてその使命を考える。大志を抱く者は、否定されるところからその仕事が始まるのだ。
-イザヤ49:4-5「私は思った、私はいたずらに骨折り、うつろに、空しく、力を使い果たしたと。しかし、私を裁いてくださるのは主であり、働きに報いてくださるのも私の神である。主の御目に私は重んじられている。私の神こそ私の力」。
・エレミヤに絶望の中で語られる神の声が聞こえてきた「いつまで弱音を言うのか。あなたは私の口ではないか。もう一度立って、私の言葉を語れ」と。神に捨てられたと思う時、最も近くに神はいて下さる。
-エレミヤ15:19「あなたが帰ろうとするなら、私のもとに帰らせ、私の前に立たせよう。もし、あなたが軽率に言葉を吐かず、熟慮して語るなら、私はあなたを、私の口とする」
・「民が聞かないからと言って彼らに歩み寄るな、民があなたの言葉を聞くようになるまで語り続けよ」と主は言われる。
-エレミヤ15:20-21「この民に対して、私はあなたを堅固な青銅の城壁とする。彼らはあなたに戦いを挑むが勝つことはできない。私があなたと共にいて助け、あなたを救い出す、と主は言われる。私はあなたを悪人の手から救い出し、強暴な者の手から解き放つ」。
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