すべて重荷を負うて苦労している者は、私のもとに来なさい。

トップ  >  エレミヤ書  >  2010年2月25日祈祷会(エレミヤ書14章、戦争の結果としての飢餓と流血)
1.干ばつの災い

・紀元前597年、バビロン軍はユダヤに侵攻し、収穫物は荒らされ、住民は殺された。人々は神の助けを祈り求める。エレミヤ14-17章はこの時期における神とエレミヤの応答が描かれている。
-エレミヤ14:1-4「干ばつに見舞われたとき、主の言葉がエレミヤに臨んだ。ユダは渇き、町々の城門は衰える。人々は地に伏して嘆き、エルサレムは叫びをあげる。貴族は水を求めて、召し使いを送る。彼らが貯水池に来ても、水がないので、空の水がめを持ち、うろたえ、失望し、頭を覆って帰る。地には雨が降らず、大地はひび割れる。農夫はうろたえ、頭を覆う」。
・この飢饉に対して、エレミヤは民を代表して、罪を告白し。救いを嘆願する。
-エレミヤ14:7-9「我々の罪が我々自身を告発しています。主よ、御名にふさわしく行ってください・・・イスラエルの希望、苦難のときの救い主よ。なぜあなたは・・・人を救いえない勇士のようになっておられるのか。主よ、あなたは我々の中におられます。我々は御名によって呼ばれています。我々を見捨てないでください」。
・しかし、主はエレミヤの執り成しの祈りを拒絶される。「民はその罪のゆえにこの災いを受けなければならない。あなたが執り成しても私は聞かない」と主はいわれた。
-エレミヤ14:10-11「この民のために祈り、幸いを求めてはならない。彼らが断食しても、私は彼らの叫びを聞かない。彼らが・・・献げ物をささげても、私は喜ばない。私は剣と、飢饉と、疫病によって、彼らを滅ぼし尽くす」。
・エレミヤは反論する「彼らが罪を犯したのは偽預言者の言葉に踊らされたからです。彼らを赦して下さい」と。
-エレミヤ14:13「私は言った『わが主なる神よ、預言者たちは彼らに向かって言っています。お前たちは剣を見ることはなく、飢饉がお前たちに臨むこともない。私は確かな平和を、このところでお前たちに与えると』」。
・主は答えられる「偽りの預言者は罰する。しかし民はその預言者の言葉を聞いたゆえに同じく罰する」と。
-エレミヤ14:15-16「彼らは私の名によって預言しているが、私は彼らを遣わしてはいない。彼らは剣も飢饉もこの国に臨むことはないと言っているが、これらの預言者自身が剣と飢饉によって滅びる。彼らが預言を聞かせている民は、飢饉と剣に遭い、葬る者もなくエルサレムの巷に投げ捨てられる・・・こうして、私は彼らの悪を、彼ら自身の上に注ぐ』」。

2.流血の災い

・エレミヤが見たのは流血と飢餓の惨状であった。城壁の外には敵に殺された者たちの死体が散乱し、内側では人々は飢えていた。
-エレミヤ14:18「野に出て見れば、見よ、剣に刺された者。町に入って見れば、見よ、飢えに苦しむ者。預言者も祭司も見知らぬ地にさまよって行く」。
・その惨状を見たエレミヤは、禁止されても執り成しの祈りをせざるを得ない「あなたは私たちを契約の民として下さった。そのことに免じて、私たちの罪を赦して下さい」と。
-エレミヤ14:19-21「あなたはユダを退けられたのか。シオンをいとわれるのか。なぜ、我々を打ち、いやしてはくださらないのか・・・あなたに対して、我々は過ちを犯しました。我々を見捨てないでください。あなたの栄光の座を軽んじないでください。御名にふさわしく、我々と結んだ契約を心に留め、それを破らないでください」。
・それに対して厳しい答えが返ってくる。「剣に定められた者は剣に」と。
-エレミヤ15:1-2「主は私に言われた『たとえモーセとサムエルが執り成そうとしても、私はこの民を顧みない。私の前から彼らを追い出しなさい。彼らがあなたに向かって、どこへ行けばよいのかと問うならば、彼らに答えて言いなさい。主はこう言われる。疫病に定められた者は、疫病に、剣に定められた者は、剣に、飢えに定められた者は、飢えに、捕囚に定められた者は、捕囚に』」。
・神は愛と憐れみに富たもう方(14:17で神は「夜も昼も涙を流す」といわれている)、その方がなぜユダが滅びるままになされるのか。それは民に本当の悔い改めがないからだ。民はまだ「我々と結んだ契約を心に留めそれを破らないでください」と言う。彼らはまだ「自分たちは救われるべきだ」と考えている。彼らが「私は救いに値しないものです」と告白するまで、裁きは続く。イエスは放蕩息子の例えを通してそれを明らかにされた。
-ルカ15:21「息子は言った『お父さん、私は天に対しても、またお父さんに対しても罪を犯しました。もう息子と呼ばれる資格はありません』」。
・その告白がなされた時、無条件の救いが彼らの上に臨む。だが、その時が来るまでイスラエルは苦しむ。生みの苦しみだ。国の滅亡と捕囚なしには、イスラエルは新しく生まれ変わることはできないのだ。まだ救いの時ではない。
-ルカ15:22「父親は僕たちに言った『急いでいちばん良い服を持って来て、この子に着せ、手に指輪をはめてやり、足に履物を履かせなさい。それから、肥えた子牛を連れて来て屠りなさい。食べて祝おう。この息子は、死んでいたのに生き返り、いなくなっていたのに見つかったからだ』。そして、祝宴を始めた」。
プリンタ用画面
友達に伝える
前
2010年2月18日祈祷会(エレミヤ書13章、亜麻布の帯と酒甕の預言)
カテゴリートップ
エレミヤ書
次
2010年3月4日祈祷会(エレミヤ書15章、預言者としての岐路に立たされるエレミヤ)