すべて重荷を負うて苦労している者は、私のもとに来なさい。

トップ  >  エレミヤ書  >  2009年12月10日祈祷会(エレミヤ書3章、不実のイスラエルに帰れと呼びかける神)
1.エレミヤとイスラエル

・エレミヤが召命を受けた前626年は、世界の覇者アッシリアの国力が衰退し、植民地ユダヤでは脱アッシリアの動きが強まり、ヨシヤ王は北王国の旧領回復をもくろみ、国内は繁栄した。しかし国土は復興しても、人々は相変わらず異教の神々を拝み、社会正義は後退している。エレミヤはこのままでは神の裁きが下ると預言する。
−エレミヤ4:6-8「私は北から災いを大いなる破壊をもたらす。獅子はその茂みを後にして上り、諸国の民を滅ぼす者は出陣した。あなたの国を荒廃させるため、彼は自分の国を出た。あなたの町々は滅ぼされ、住む者はいなくなる。それゆえに、粗布をまとい、嘆き、泣き叫べ。主の激しい怒りは我々を去らない」。
・エレミヤは実際に祖国が滅びる幻を見た。それゆえに彼は緊迫の中で、悔い改めを民に求めた。
−エレミヤ4:23-26「私は見た。見よ、大地は混沌とし、空には光がなかった。私は見た。見よ、山は揺れ動き、すべての丘は震えていた。私は見た。見よ、人はうせ、空の鳥はことごとく逃げ去っていた。私は見た。見よ、実り豊かな地は荒れ野に変わり、町々はことごとく、主の御前に、主の激しい怒りによって打ち倒されていた」。
・しかしエレミヤの預言が実現するのはそれから30年後の前597年だ。国は繁栄し、どこにも戦乱の兆しはない。人々はエルサレムに神殿があり、ダビデ王家がある限り、イスラエルは安泰だと信じて、エレミヤの言葉を聞こうともしない。エレミヤは人々から嘲笑され、亡国の徒とののしられた。
-エレミヤ15:10「私は災いだ。わが母よ、どうして私を産んだのか。国中で私は争いの絶えぬ男、いさかいの絶えぬ男とされている。私は誰の債権者になったことも、誰の債務者になったこともないのに、誰もが私を呪う」。
・その中でエレミヤは預言を続ける。1-6章はエレミヤ初期の預言であり、エレミヤは罪を認めて悔い改めよと民に語る。主なる神を捨てて、土着神バアルや外国の神々を慕うイスラエルをエレミヤは姦淫を犯した妻に例える。
-エレミヤ3:1-2「もし人がその妻を出し、彼女が彼のもとを去って他の男のものとなれば、前の夫は彼女のもとに戻るだろうか。その地は汚れてしまうではないか。お前は多くの男と淫行にふけったのに、わたしに戻ろうと言うのかと主は言われる。目を上げて裸の山々を見よ、お前が男に抱かれなかった所があろうか。荒れ野でアラビア人が座っているように、お前は道端に座って彼らを待つ。淫行の悪によってお前はこの地を汚した」。

2.姦淫の妻に帰れと呼びかける神

・6-18節は後代の挿入であろう。エレミヤ書はエレミヤの預言が後代(エルサレム滅亡後)に編集されて現在の形になっている。従って、各所にその編集句が挿入されている。そこで言われているのは、神が北イスラエル王国をその罪のゆえに滅ぼされたのに、なお自分の罪を認めない南ユダ王国の人々の頑迷さである。
-エレミヤ3:6-8「背信の女イスラエルのしたことを見たか。彼女は高い山の上、茂る木の下のどこにでも行って淫行にふけった。彼女がこのようなことをした後にもなお、私は言った『私に立ち帰れ』と。しかし、彼女は立ち帰らなかった。その姉妹である裏切りの女ユダはそれを見た。背信の女イスラエルが姦淫したのを見て、私は彼女を離別し離縁状を渡した。しかし、裏切りの女であるその姉妹ユダは恐れるどころか、その淫行を続けた」。
・神はその罪のゆえに滅ぼされた北イスラエルさえも惜しんで、彼らが悔い改めればアッシリアから戻すと言われる。赦しの条件はただ悔い改めるだけだ。人がどのような罪を犯しても、悔い改めれば赦される。
-エレミヤ3:12-13「背信の女イスラエルよ、立ち帰れと主は言われる。私はお前に怒りの顔を向けない。私は慈しみ深く、とこしえに怒り続ける者ではないと主は言われる。ただ、お前の犯した罪を認めよ」。
・エレミヤの言葉は続く。神が滅びた北イスラエルをさえ憐れまれるように、神はユダを憐れまれる。イスラエルでは姦淫は石打の刑に処せられる。その姦淫した妻に、「帰れ」と呼びかけられる。ここに人の罪を自分に背負われる神がおられる。だから罪を認めて、神に立ち返れ。3:21以下の言葉はエルサレム滅亡後の預言が編集されているのであろう。
-エレミヤ3:21「裸の山々に声が聞こえる、イスラエルの子らの嘆き訴える声が。彼らはその道を曲げ、主なる神を忘れたからだ。『背信の子らよ、立ち帰れ。私は背いたお前たちをいやす』。『我々はあなたのもとに参ります。あなたこそ我々の主なる神です』」。
・しかし人は最後の裁きを見ない限り、悔い改めることはしない。だから裁きなしに救いはない。
-エレミヤ3:24-25「我々の若いときから、恥ずべきバアルが食い尽くしてきました、先祖たちが労して得たものをその羊、牛、息子、娘らを。我々は恥の中に横たわり、辱めに覆われています。我々は主なる神に罪を犯しました。我々も、先祖も、若いときから今日に至るまで、主なる神の御声に聞き従いませんでした」。
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