すべて重荷を負うて苦労している者は、私のもとに来なさい。

トップ  >  エレミヤ書  >  2009年12月3日祈祷会(エレミヤ書2章、大国の間を揺れ惑うイスラエルの罪)
1.アッシリアとエジプトの間で

・エレミヤが召命を受けた前626年はヨシヤ王の治世13年、アッシリア帝国は北イスラエル王国を滅ぼし(前722年)、南ユダ王国を支配下に置いていた。しかしアッシリアの国力衰退と共に、ユダヤでは反アッシリアの動きが強まり、ヨシヤ王は北王国の領土回復を行い、南北統一王国の再建を目指していた。しかし国土は復興しても、人々は相変わらず異教の神々を拝み、社会正義は後退していた。その中でエレミヤは民の背反を問い始める。
-エレミヤ2:1-3「主の言葉が私に臨んだ。行って、エルサレムの人々に呼びかけ、耳を傾けさせよ。主はこう言われる。私はあなたの若いときの真心、花嫁のときの愛、種蒔かれぬ地、荒れ野での従順を思い起こす。イスラエルは主にささげられたもの、収穫の初穂であった。それを食べる者はみな罰せられ、災いを被った、と主は言われる」。
・イスラエルは神に選ばれた選民、神の花嫁であったのに、夫を裏切り、他の男になびいた。「エジプトの奴隷から解放し、荒野の旅を守り、豊かな地に導きいれた主を忘れ、偶像神バアルにひざまずいた」とエレミヤは告発する。
-エレミヤ2:5-8「主はこう言われる。お前たちの先祖は、私にどんな落ち度があったので、遠く離れて行ったのか。・・・彼らは尋ねもしなかった『主はどこにおられるのか、私たちをエジプトの地から上らせ、あの荒野・・・に導かれた方は』と。私は、お前たちを実り豊かな地に導き、味の良い果物を食べさせた。ところが、お前たちは私の土地に入ると、そこを汚し、私が与えた土地を忌まわしいものに変えた。・・・律法を教える人たちは私を理解せず、指導者たちは私に背き、預言者たちはバアルによって預言し、助けにならぬものの後を追った」。
・彼らはイスラエルの神、生ける水の源を捨てて、偶像の神、役にも立たない水だめを求めた。
-エレミヤ2:13「まことに、わが民は二つの悪を行った。生ける水の源である私を捨てて、無用の水溜めを掘った。水をためることのできない、こわれた水溜めを」。
・その結果何が生まれたか、若獅子(アッシリア)は北王国を滅ぼし、南王国を隷属させた。やがて来るエジプトはあなたたちの頭をそり上げるだろうと。アッシリアの支配から逃れようとしたイスラエルはこの後エジプトに制圧され、エジプトの植民地になっていく(前609年ヨシヤ王はメギドの戦いでエジプト軍に殺される)。
-エレミヤ2:14-16「イスラエルは奴隷なのか、家に生まれた僕であろうか。それなのに、どうして捕らわれの身になったのか。若獅子が彼に向かってほえ、うなり声をあげた。彼の地は荒れ地とされ、町々は焼き払われて、住む人もなくなった。メンフィスとタフパンヘスの人々も、あなたの頭をそり上げる」。

2.姦淫〜主に依り頼まない罪

・エレミヤは主への背信こそが外国の軍隊を国内に侵略させると言う。アッシリアもエジプトも民を打つ神の鞭だ。
-エレミヤ2:17-19「あなたの神なる主が、旅路を導かれたとき、あなたが主を捨てたので、このことがあなたの身に及んだのではないか。それなのに、今あなたはエジプトへ行って、ナイルの水を飲もうとする。それは、一体どうしてか。また、アッシリアへ行って、ユーフラテスの水を飲もうとする。それは、一体どうしてか。あなたの犯した悪が、あなたを懲らしめ、あなたの背信が、あなたを責めている。あなたが、私を畏れず、あなたの神である主を捨てたことが、いかに悪く、苦いことであるかを味わい知るがよいと万軍の主なる神は言われる」。
・良いぶどうの木として植えられたあなた方が、何故悪い野ぶどうになったのか。あなた方の悪は洗っても消えない。具体的にはアッシリアやエジプトの神々への拝礼、土着神バアル礼拝、性的放縦、幼児犠牲等を指すのであろう。偶像礼拝は人間性を解放するが、それは「罪への自由」であり、「罪からの自由」ではない。
-エレミヤ2:21-22「私はあなたを、甘いぶどうを実らせる、確かな種として植えたのに、どうして、私に背いて、悪い野ぶどうに変わり果てたのか・・・私の目には、罪があなたに染みついていると主なる神は言われる」。
・神は懲らしめのためにアッシリアを送り、北王国を崩壊させ、南王国を植民地とさせたのに、まだ罪を認めないのか。お前たちは私が送った預言者たちを殺して、正しい声を聞こうとはしなかった(マナセ時代に多くの預言者たちが虐殺され、イザヤもこの時に鋸で挽かれて殉教したと伝えられる。参照ヘブル11:37-38)。
-エレミヤ2:29-30「なぜ私と争い、私に背き続けるのか、と主は言われる。私はお前たちの子らを打ったが、無駄であった。彼らは懲らしめを受け入れなかった。獅子が滅ぼし尽くすように、お前たちは預言者を剣の餌食とした」。
・イスラエルは強国アッシリアと大国エジプトの間で揺れ動き、主に依り頼まなかった。神ではなく、人に頼ることこそ偶像礼拝の本質であり、姦淫である。冷戦時代は米ソを揺れ動き、現在は米中を揺れ動く日本に似ている。外国の軍隊が駐留する国が独立国でありうるのか。沖縄の基地問題は私たちにエレミヤ書を読めと迫る。
-エレミヤ2:36-37「なんと軽率にお前は道を変えるのか。アッシリアによって辱められたように、エジプトにも辱められるであろう。そこからも、お前は両手を頭に置いて出て来る。主はお前が頼りにしているものを退けられる。彼らに頼ろうとしても成功するはずがない」。
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