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トップ  >  イザヤ書  >  2009年11月19日祈祷会(イザヤ66章、第三イザヤの見た幻)
1.第三イザヤの苦闘と幻

・紀元前540年、バビロニアはペルシャ王クロスにより倒され、捕囚になっていたイスラエルの民は故国に帰り、神殿再建の工事を始めた。しかしサマリヤ人らの妨害で工事は中断され、指導者シェシュバイツェルは処刑された。神殿再建と同時になされたエルサレムの城壁修復がペルシャからの独立運動とみなされたからである。
-エズラ記4:5-24「(その地の住民は)ペルシャ王キュロスの存命中からダレイオスの治世まで、参議官を買収して建築計画を挫折させようとした。クセルクセスの治世・・・の初めにユダとエルサレムの住民に対する告訴状が書き送られた・・・(行政官ら)はエルサレムにいるユダの人々のもとに急いで行き、強引に武力で工事を中止させた」。
・それから20年が経ち、祭司ハガイが立ち、「神殿再建は神の命であり、神殿を再建した暁には全ては良くなる」(ハガイ2:19)と住民を励まし、神殿は前515年に再建された(第二神殿)。
-エズラ記6:14-15「ユダの長老たちは、預言者ハガイとイドの子ゼカリヤの預言に促されて順調に建築を進めていたが、イスラエルの神の命令と、ペルシャ王キュロス、ダレイオス、アルタクセルクセスの命令によって建築を完了した。この神殿は、ダレイオス王の治世第六年のアダルの月の二十三日に完成した」。
・神殿完成と同時に国の指導権は祭司たちの手に集中し、彼らは反ペルシャ、反体制的な預言を繰り返す預言者集団(第二イザヤの流れを汲む第三イザヤたち)を迫害し始める。その中で、第三イザヤは「天地を統べられる神は人間の造った建物に住まわれるような方ではない」と激しい神殿批判を行う。
-イザヤ66:1-2「主はこう言われる。天は私の王座、地はわが足台。あなたたちはどこに、私のために神殿を建てうるか。何が私の安息の場となりうるか。これらはすべて、私の手が造り、これらはすべて、それゆえに存在すると主は言われる。私が顧みるのは、苦しむ人、霊の砕かれた人、私の言葉におののく人」。
・預言者は「動物を殺して犠牲を捧げれば救われるとの祭司の教えはまさに偶像礼拝ではないか」と告発する。
-イザヤ66:3-4「牛を殺してささげ、人を打ち倒す者、羊をいけにえとし、犬の首を折る者、穀物をささげ、豚の血をささげる者、乳香を記念の献げ物とし、偶像をたたえる者、これらの者が自分たちの道を選び、その魂は忌むべき偶像を喜ぶように。私も、彼らを気ままに扱うことを選び、彼らの危惧することを来させよう」。

2.その幻からイエスが来られた

・神殿批判と祭儀批判の故に、預言者たちは祭司たちから迫害されるが、主は彼らを滅ぼされると預言者は語る。
-イザヤ66:5-6「御言葉におののく人々よ、主の御言葉を聞け。あなたたちの兄弟、あなたたちを憎む者、私の名のゆえに、あなたたちを追い払った者が言う、主が栄光を現されるようにお前たちの喜ぶところを見せてもらおう、と。彼らは、恥を受ける。都から騒がしい声がする。神殿から声がする。敵に報いを返される主の声が聞こえる」。
・エルサレムに対する祝福(66:10-14)をはさんで、預言者の祭司批判が繰り返される。
-イザヤ66:15-16「見よ、主は火と共に来られる・・・怒りと共に憤りを、叱咤と共に火と炎を送られる。主は必ず火をもって裁きに臨まれ、剣をもってすべて肉なる者を裁かれる。主に刺し貫かれる者は多い」。
・第三イザヤは神殿に信仰の基を置く者の最後の運命を描写してその預言を閉じる。第三イザヤの神殿崩壊預言だ。
-イザヤ66:24「外に出る人々は、私に背いた者らの死体を見る。蛆は絶えず、彼らを焼く火は消えることがない。すべての肉なる者にとって彼らは憎悪の的となる」。
・その後のイスラエルはエルサレム神殿を中心とする祭儀国家になり、体制派の祭司の特権化が進み、この時期から預言者たちは姿を消していく。しかし預言者の伝統は消えず、再び預言者として現れたのがバプテスマのヨハネであり、ヨハネの弟子として宣教を始めたイエスは第三イザヤの預言を生きる者であることを宣言する。
-ルカ4:16-21「預言者イザヤの巻物が渡され、お開きになると、次のように書いてある個所が目に留まった『主の霊が私の上におられる。貧しい人に福音を告げ知らせるために、主が私に油を注がれたからである。主が私を遣わされたのは、捕らわれている人に解放を、目の見えない人に視力の回復を告げ、圧迫されている人を自由にし、主の恵みの年を告げるためである』(イザヤ61:1-2)・・・イエスは『この聖書の言葉は、今日、あなたがたが耳にしたとき、実現した』と話し始められた」。
・イエスは神殿崩壊を預言されて祭司たちの反感を買われた。イエス逮捕の直接の原因は神殿冒涜罪だ。だから大祭司がイエスを捕らえ、裁判し、処刑していった。弟子たちがイエスの中にイザヤの面影を見たのは当然だった。イエスはイザヤの預言の成就者として来られた。イザヤの見た幻がイエスによって成就された。
-マタイ8:16-17「イエスは言葉で悪霊を追い出し、病人を皆いやされた。それは、預言者イザヤを通して言われていたことが実現するためであった『彼は私たちの患いを負い、私たちの病を担った』(イザヤ52:4)」。
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2009年11月5日祈祷会(イザヤ65:17-25、新しい天と新しい地)
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