すべて重荷を負うて苦労している者は、私のもとに来なさい。

トップ  >  詩編  >  2009年11月18日祈祷会(詩篇23編、主こそわが羊飼い)
1.苦難の中で主を見出した者の讃美

・詩篇23編は多くの苦しみを経た後、「主こそわが羊飼い」と讃美する詩篇である。古来多くの人に愛唱され、讃美歌となってきた(教団讃美歌354番「飼い主わが主よ」、新生讃美歌585番その他)。
-詩篇23:1「賛歌。ダビデの詩。主は羊飼い、私には何も欠けることがない」。
・パレスチナの地は乾燥し、牧草と水に乏しい。羊はただ牧者の導きによって緑草を得、また水辺に導かれる。また牧者の導きがなければ谷間に落ち込んで飢え、猛獣の餌食になる。その生活体験が詩の背景にある。
-詩篇23:2-3「主は私を青草の原に休ませ、憩いの水のほとりに伴い、魂を生き返らせてくださる。主は御名にふさわしく、私を正しい道に導かれる」。
・迷い出た羊が落ち行く先は「死の陰の谷」だ。しかし主は迷い出た羊を探し出す牧者のように、私を「死の陰の谷」から救ってくださったと作者は告白する。牧者は鞭と杖を持ち、敵の攻撃から群れを守り、同時に群れにふさわしい訓練をされる。古代、王権の象徴とされた杖は牧者の杖に由来する。
-詩篇23:4「死の陰の谷を行くときも、私は災いを恐れない。あなたが私と共にいてくださる。あなたの鞭、あなたの杖、それが私を力づける」。
・4節「あなたが共にいてくださる」、このインマヌエルの神こそ、旧約・新約を貫く聖書の信仰だ。
-イザヤ41:10「恐れることはない、私はあなたと共にいる神。たじろぐな、私はあなたの神。勢いを与えてあなたを助け、私の救いの右の手であなたを支える」。
・5節から詩は転調し、守護者である主により頼む信仰が表明される。敵に追われて主の幕屋に逃げ込んだ者は、敵から保護され、香油を塗って祝福され、あふれるほどのぶどう酒を注がれる。
-詩篇23:5「私を苦しめる者を前にしても、あなたは私に食卓を整えてくださる。私の頭に香油を注ぎ、私の杯を溢れさせてくださる」。
・主の幕屋にある平安を作者は高らかに歌い上げて、詩篇は閉じられる。
-詩篇23:6「命のある限り、恵みと慈しみはいつも私を追う。主の家に私は帰り、生涯、そこにとどまるであろう」。

2.全ての苦しみが神の恵みであったと告白する作者

・預言者たちは指導者たちから見放され貪られ苦しむ民を、「飼い主のいない羊の群れ」として、神が自ら保護してくださると繰り返し預言してきた。牧者である為政者がその役割を果たさない時は、神自らが行為される。
-エゼキエル34:8-12「私の群れは略奪にさらされ、私の群れは牧者がいないため、あらゆる野の獣の餌食になろうとしているのに、私の牧者たちは群れを探しもしない。牧者は群れを養わず、自分自身を養っている・・・見よ、私は自ら自分の群れを探し出し、彼らの世話をする。牧者が、自分の羊がちりぢりになっているときに、その群れを探すように、私は自分の羊を探す。私は雲と密雲の日に散らされた群れを、すべての場所から救い出す」。
・実際の羊飼いは羊の群れ全体に責任を持ち、個々の羊を導くことはない。しかし羊が迷い出た時、羊飼いは群れを置いて、その一匹の羊を探しに行く。イエスは、自分はそのような羊飼いだと言われた。
-マタイ18:12-13「ある人が羊を百匹持っていて、その一匹が迷い出たとすれば、九十九匹を山に残しておいて、迷い出た一匹を捜しに行かないだろうか。はっきり言っておくが、もし、それを見つけたら、迷わずにいた九十九匹より、その一匹のことを喜ぶだろう」。
・イエスは言われた「良い羊飼いは羊のために命を捨てる」。牧師も群れの羊のために命を捨てよと言われている。しかしそれが出来ない。だから大牧者であるキリスト(汽撻5:4)の憐れみにより、牧者として支えられる。
-ヨハネ10:11-13「私は良い羊飼いである。良い羊飼いは羊のために命を捨てる。羊飼いでなく、自分の羊を持たない雇い人は、狼が来るのを見ると、羊を置き去りにして逃げる。狼は羊を奪い、また追い散らす。彼は雇い人で、羊のことを心にかけていないからである」。
・羊はおとなしく素直で従順である反面、愚かで弱く迷いやすい。私たちと同じだ。人生は荒野であり、多くの欠乏と苦しみがあり、その中で私たちは牧者である神に出会い、その導きにより、命の糧を日々与えられ、命の水を日々賜る。自分が「愚かで弱く迷いやすい」存在であることを知る時、守りたもう神に感謝の讃美があふれる。
-詩篇25:6-11「主よ思い起こしてください、あなたのとこしえの憐れみと慈しみを。私の若いときの罪と背きは思い起こさず、慈しみ深く、御恵みのために、主よ、私を御心に留めてください。主は恵み深く正しくいまし、罪人に道を示してくださいます。裁きをして貧しい人を導き、主の道を貧しい人に教えてくださいます。その契約と定めを守る人にとって、主の道はすべて慈しみとまこと。主よ、あなたの御名のために、罪深い私をお赦しください」。
プリンタ用画面
友達に伝える
前
2009年11月11日祈祷会(詩篇22:23-32、嘆きから讃美へ)
カテゴリートップ
詩編
次
2009年11月25日祈祷会(詩篇24編、地とそこに満つるものは主のもの)