すべて重荷を負うて苦労している者は、私のもとに来なさい。

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1.アダムとエバに子が与えられた。カインは農夫になり、アベルは羊飼いになった。

・神はアベルの献げものを受け入れ、カインの献げものを拒否された。
・神が何故、カインの献げものを拒否されたのか、聖書は記さない。伝統的には、アベルは真心を持って献げ、カインはそうでなかったとの解釈がある。
―ヘブライ人の手紙「11:4信仰によって、アベルはカインより優れたいけにえを神に献げ、その信仰によって、正しい者であると証明されました。神が彼の献げ物を認められたからです。アベルは死にましたが、信仰によってまだ語っています。」
・現代の視点で見ればどのようになるだろうか。世の中には、不公平なことがたくさんある。
―アベルの仕事はうまくいき、祝福と繁栄が伴った。カインの仕事は失敗続きで、祝福がなかった。
―ある人は生まれながら貧しく、ある人は生まれながらに豊かである。ある人たちは健康に生まれ、ある人は病弱に生まれる。
・カインが怒ったのは当然である。
―私たちもカインと同じように怒る存在であることを知る―何故彼が選ばれて私は選ばれないのか。

2.カインは怒ってアベルを殺した。

・「不公平だ、あんまりだ」という怒りを人に向けるとき、罪が生まれる。
・世の中には不公平があり、不義があり、不正がある。それをそのままにしておかないで、「何故」と問うところから対話が始まる。カインも神に対して「何故あなたはこういう事をなさるのか、不公平ではないですか」と問えば、殺人は起きなかっただろう。
―エレミヤ「12:1正しいのは、主よ、あなたです。それでも、わたしはあなたと争い/裁きについて論じたい。なぜ、神に逆らう者の道は栄え/欺く者は皆、安穏に過ごしているのですか。」

3.カインは主の前を去ってさすらうものとなり、その子孫からレメクが生まれる。

・レメクは自分の力を誇って言う。
―創世記4:23-24「わたしは傷の報いに男を殺し/打ち傷の報いに若者を殺す。4:24 カインのための復讐が七倍なら/レメクのためには七十七倍。」
・7倍の復讐はカインを保護するためのものだった。レメクが主張する77倍の復讐は力を誇示するためのものだった。カインは神の加護を自覚して生きた。しかし、レメクにはそれはなく、罪を罪として感じていない。神を持たないもの(主の前を去ってさすらうもの)は、その孤独と不安から力への信頼と他者に対する敵意を持つ。力への信頼が競争と対抗を生む。これが人間の置かれている状況だと聖書は言う。この人間中心主義の流れが現代にも継続されている。

4.アダムとエバは新しい子セトを与えられる。そして、セトの子は主の御名を呼び始める。

・人間の弱さを認識し、それ故にヤーウェの名を呼び始める人々の群れが生まれた。この流れの中で「目には目を、歯には歯を」という一倍以上の報復の禁止が生まれ、さらに「汝の敵を愛せよ」との報復の禁止に繋がって行く。神中心主義の流れである。
・人間の歴史はこのレメクの系図とセトの系図の二つの流れの中で形成されてきた。
―レメクの子孫たちは、現代では「人間に不可能なものはない。やればできる」というこの世的考えを形成して来た(競争的、淘汰的な社会を形成する)。
―セトの子孫たちは「人間は弱い存在であり、キリストによる他は救いはない」と考える。自分の弱さ、罪を認めて、すべてを神に委ねる。キリスト者は自分たちがセトの子孫であることを自覚する。
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