すべて重荷を負うて苦労している者は、私のもとに来なさい。

トップ  >  詩編  >  2009年10月14日祈祷会(詩篇20篇、戦勝祈願の詩篇)
1.戦勝祈願

・詩篇20篇は王の出陣式に、祭司が捧げた執り成しの祈りが原型と言われる。王は神に立てられ、国の守護のために戦う。祭司は王の出陣式で、イスラエルの神が王を護って下さる様に祈願する。
-詩篇20:2-3「苦難の日に主があなたに答え、ヤコブの神の御名があなたを高く上げ、聖所から助けを遣わし、シオンからあなたを支えてくださるように」。
・ヤコブは主を「苦難の時に答えて下さった神」と呼んだ(創世記35:3)。それが詩篇20:2の呼び名に反映している。周囲を他民族に囲まれたイスラエルは、戦うことなしに国を維持できず、その戦いは必然的に民族の興亡をかける戦い、守護神と守護神の戦いとなっていく。それゆえイスラエルの戦いは聖戦=神の戦いと呼ばれる。
-申命記20:3-4「あなたたちは、今日、敵との戦いに臨む。心ひるむな。恐れるな。慌てるな。彼らの前にうろたえるな。あなたたちの神、主が共に進み、敵と戦って勝利を賜るからである」。
・出陣にあたり、王は捧げ物を捧げる。その捧げ物を神が受け入れ、王の計画が成就するように祭司は執り成す。
-詩篇20:4-5「あなたの供え物をことごとく心に留め、あなたのささげるいけにえを快く受け入れ、あなたの心の願いをかなえ、あなたの計らいを実現させてくださるように」。
・王は民のために戦う。王の勝利は民の勝利でもある。民を代表して祭司は王のために勝利を祈る。
-詩篇20:6「我らがあなたの勝利に喜びの声をあげ、我らの神の御名によって、旗を掲げることができるように。主が、あなたの求めるところを、すべて実現させてくださるように」。
・7節からは、王(油注がれた者)への執り成しの祈りが神に聞かれたことの感謝が表明される。
-詩篇20:7「今、私は知った、主は油注がれた方に勝利を授け、聖なる天から彼に答えて、右の御手による救いの力を示されることを」。
・戦いは神の戦いである。異国の民は馬を誇り、戦車を誇るが、イスラエルは主の御名を唱える。
-詩篇20:8-9「戦車を誇る者もあり、馬を誇る者もあるが、我らは、我らの神、主の御名を唱える。彼らは力を失って倒れるが、我らは力に満ちて立ち上がる」。
・最後に会衆は声を合わせて、王の勝利を祈る。
-詩篇20:10「主よ、王に勝利を与え、呼び求める我らに答えてください」。

2.祭司と預言者の対立と一致

・主によって立てられる王は、民の指導者として対外的には敵から民を護り、対内的には社会的弱者保護の責務を負う。王の救いは民の救いであり、王家の繁栄が民に繁栄をもたらす。詩篇20編が示すように、祭司の役割は王のために祈ることを通して民の繁栄を願うものであった。
・しかし現実には王政は軍隊と官僚からなる権力機構を生み出し、社会は支配と被支配に分断され、支配者は民を貪る。そのため預言者が立ってエルサレムの支配者を糾弾し、対峙した。祭司と預言者はその立つ場が異なる。
-エゼキエル34:2-4「災いだ、自分自身を養うイスラエルの牧者たちは。牧者は群れを養うべきではないか。お前たちは乳を飲み、羊毛を身にまとい、肥えた動物を屠るが、群れを養おうとはしない。お前たちは弱いものを強めず、病めるものをいやさず、傷ついたものを包んでやらなかった。また、追われたものを連れ戻さず、失われたものを探し求めず、かえって力ずくで、苛酷に群れを支配した」。
・祭司と預言者は立つ場が異なるが、「救いは神から来るのであって、軍事力(戦車や馬)は救いをもたらさない」点では一致していた。今日の世界では、軍事力とはどれだけの陸海空軍を持ち、どのような武器を持つかが議論されるが、数千年前の人々がこのような議論を超えていたことは銘記されるべきであろう。圧倒的な軍事力を誇るアメリカがベトナムから敗退し、イラクやアフガンで勝利できないことは、戦いは軍事力だけでないことを示す。
-詩篇20:8「戦車を誇る者もあり、馬を誇る者もあるが、我らは、我らの神、主の御名を唱える」。
-イザヤ31:1「災いだ、助けを求めてエジプトに下り、馬を支えとする者は。彼らは戦車の数が多く、騎兵の数がおびただしいことを頼りとし、イスラエルの聖なる方を仰がず、主を尋ね求めようとしない」。
・実際のユダ王国はバビロニアの「戦車と馬」の前に壊滅したが、このような神信仰は「戦車、馬」によっても踏みにじられることはなく、やがてゼカリヤの「馬ではなくロバに乗った平和の王」というメシア像を生み出し(ゼカリヤ9:9-10)、イエスは平和の王として、「馬ではなくロバに乗って」エルサレムに入場された。
-マタイ21:2-5「向こうの村へ行きなさい。・・・子ろばのいるのが見つかる。それをほどいて、私のところに引いて来なさい・・・それは、預言者を通して言われていたことが実現するためであった。『シオンの娘に告げよ。見よ、お前の王がお前のところにおいでになる、柔和な方で、ろばに乗り、荷を負うろばの子、子ろばに乗って』」。
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