すべて重荷を負うて苦労している者は、私のもとに来なさい。

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1.創造の讃美

・詩篇19編は前半で創造主を讃美し、後半でその創造主こそ贖い主であることを告白する。詩人は歌う「夜空に広がる満天の星を見た時、私はあなたを讃美します。天体の規則正しい運行を見る時、あなたの摂理を思います」と。
-詩篇19:2-3「天は神の栄光を物語り、大空は御手の業を示す。昼は昼に語り伝え、夜は夜に知識を送る」。
・神は創造された自然を通して自己を啓示される。しかし満天の星は都会の人工的明るさの中で見ることはできなくなった。夜も働きと喧騒の時になってしまった。私たちはもう一度、自然の声に耳を傾けるべきだ。
-詩篇19:4-5「話すことも語ることもなく、声は聞こえなくても、その響きは全地に、その言葉は世界の果てに向かう」。
・パウロはこの詩篇19編4-5節に触発されて、「信仰は聞くことから始まる」と言った。
-ローマ10:17-18「実に、信仰は聞くことにより、しかも、キリストの言葉を聞くことによって始まるのです。それでは、尋ねよう。彼らは聞いたことがなかったのだろうか。もちろん聞いたのです『その声は全地に響き渡り、その言葉は世界の果てにまで及ぶ(詩篇19:5)』のです」。
・昼も夜も神が創造された。神は昼には太陽を昇らせ、夜には太陽を休ませる。太陽も月もまた被造物である。
-詩篇19:5「神は太陽の幕屋を設けられた。太陽は、花婿が天蓋から出るように、勇士が喜び勇んで道を走るように、天の果てを出で立ち、天の果てを目指して行く。その熱から隠れうるものはない」。
・讃美歌作者ジョゼフ・アディスンはこの詩篇に触発されて「果てなき大空」と言う讃美を書いた。
-新生讃美歌123番(教団讃美歌74番)「涯(はて)しもしられぬ あまつ海原をわたるや朝日の うららに匂いて、み恵みあまねき 父なるみかみをあらわす光ぞ 日々に新たなる。暮れゆくみ空に 月星ほのめき、盈(み)ちかくる影に 変るきらめきに、ときわに変らぬ みかみの真理(まこと)をあらわす光ぞ 夜々に明(さや)かなる。昼は物言わず よるは語らねど、声なきうたごえ 心にぞひびく。「われらの生命(いのち)に まします御神の律法(おきて)はかしこく、稜威(みいつ)こよなし」と」。

2.贖いの讃美

・8節から詩人は、贖いを通して自己を啓示される神への讃美に向かう。神の言葉は人に知恵と喜びを与えると。
-詩篇19:8-11「主の律法は完全で魂を生き返らせ、主の定めは真実で無知な人に知恵を与える。主の命令はまっすぐで心に喜びを与え、主の戒めは清らかで目に光を与える。主への畏れは清く、いつまでも続き、主の裁きはまことで、ことごとく正しい。金にまさり、多くの純金にまさって望ましく、蜜よりも、蜂の巣の滴りよりも甘い」。
・詩篇19編は詩篇119編の言葉を思い起こさせる「御言葉こそ、足元を照らす灯火と」。
―詩篇119:105「あなたの御言葉は、私の道の光、私の歩みを照らす灯」。
・しかしその御言葉も文字化されると、喜びではなく人を縛る律法となってしまう。イエスが「神が結び合わせてくださったものを人は離してはならない」と言われた時、それは「男女が神の前に平等で対等なものとして造られた」という祝福の言葉であったのに、後代の教会はそれを「離婚してはならない」という掟にしてしまった。
-マルコ10:6-9「天地創造の初めから、神は人を男と女とにお造りになった。それゆえ、人は父母を離れてその妻と結ばれ、二人は一体となる。だから二人はもはや別々ではなく、一体である。従って、神が結び合わせてくださったものを、人は離してはならない。」
・パウロはイエスの言葉をもう一度聞きなおすように言った。人は福音を聞くべきであり、律法ではないのだ。
-競灰螢鵐3:3-6「あなたがたは、キリストが私たちを用いてお書きになった手紙として公にされています。墨ではなく生ける神の霊によって、石の板ではなく人の心の板に、書きつけられた手紙です・・・神は私たちに、新しい契約に仕える資格、文字ではなく霊に仕える資格を与えてくださいました。文字は殺しますが、霊は生かします」。
・詩人は自分の弱さを知り、罪を犯さざるを得ない存在であることを告白する。しかし神は私たちの弱さを知る故に、それを赦し、贖いだして下さると歌う。この時、神の言葉は「蜜よりも蜂の巣の滴りよりも甘い」ものとなる。
-詩篇19:13-15「知らずに犯した過ち、隠れた罪から、どうか私を清めてください。あなたの僕を驕りから引き離し、支配されないようにしてください。そうすれば、重い背きの罪から清められ、私は完全になるでしょう。 どうか、私の口の言葉が御旨にかない、心の思いが御前に置かれますように。主よ、私の岩、私の贖い主よ」。
・詩篇19編の最後の3節は主の祈りと同じだ。「罪を犯さざるを得ない弱い私たちをお守り下さい」と祈るようにイエスは教えられた。
主の祈り・後半「われらの日用の糧を今日も与えたまえ。われらに罪を犯す者をわれらがゆるすごとく、われらの罪をもゆるしたまえ。われらを試みに会わせず、悪より救い出したまえ」。
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