すべて重荷を負うて苦労している者は、私のもとに来なさい。

トップ  >  イザヤ書  >  2009年9月17日祈祷会(イザヤ59章、救いを妨げるものは何か)
1.救いを妨げるもの

・バビロンから帰国した人々は、神殿再建に着手したが工事は中断された。ペルシャからの独立運動も挫折した。生活は改善せず、指導者たちは内紛を続け、社会は混乱している。人々は失望の中で言う「主の手が短くて私たちを救えないのではないか」。それに対して預言者は答える「主の救いを妨げているのはあなた方の悪だ」と。
-イザヤ59:1-2「主の手が短くて救えないのではない。主の耳が鈍くて聞こえないのでもない。むしろお前たちの悪が、神とお前たちとの間を隔て、お前たちの罪が神の御顔を隠させ、お前たちに耳を傾けられるのを妨げているのだ」。
・人はいつも不幸や災いを人のせいにしたがる。しかし預言者は言う「あなたたちが造ったこの社会を見よ。社会秩序を保つべき裁判は偽りと賄賂に満ちているではないか」と。
-イザヤ59:3-4「お前たちの手は血で、指は悪によって汚れ、唇は偽りを語り、舌は悪事をつぶやく。正しい訴えをする者はなく、真実をもって弁護する者もない。空しい事を頼みとし、偽って語り、労苦をはらみ災いを産む」。
・その結果、正義は社会から消え、救いも遠のいたのだと預言者は言う。
-イザヤ59:9-11「それ故、正義は私たちを遠く離れ、恵みの業は私たちに追いつかない。私たちは光を望んだが、見よ、闇に閉ざされ、輝きを望んだが、暗黒の中を歩いている。盲人のように壁を手探りし、目をもたない人のように手探りする。真昼にも夕暮れ時のようにつまずき、死人のように暗闇に包まれる。私たちは皆、熊のようにうなり、鳩のような声を立てる。正義を望んだが、それはなかった。救いを望んだが、私たちを遠く去った」。
・この状況は現在のアメリカと似ている。行き過ぎた利益追求が金融バブルを産み、その崩壊により国民が苦しんでいる時、国から財政支援を受けた金融機関は業績の回復を理由に、数千万円を超えるボーナスを再び幹部に配り始めた。オバマ大統領は本年9月の演説で彼らを「強欲(グリード)資本主義者」と呼び、反省を求めた。
-2009/9/14オバマ演説「私たちはみんなして責任をとらなくてはなりません。これは大手金融機関の幹部たちも同様です・・・彼らは自分たちの行動がどういう結果をもたらすかについて、実に無関心だった。狭く利己的な私利私欲と、短期的な利益だけを追い求める風潮。それこそが今の危機をもたらしたのです。会社を破綻寸前まで追いやった重役たちが巨額ボーナスで報われるなどという事態に、しかもそのボーナスは国民の税金がまかなっているなどという事態に、厳しい状況に置かれている国民が怒るのは当然のことです。連邦政府の支援を与える代わりに、一定の自制を企業に求めていきます」。

2.終末的希望へ向かう預言者

・その中で預言者は共に罪を認めようと呼びかける。救いの前提は自己の罪を認め、悔い改めることだからだ。
-イザヤ59:12-13「御前に、私たちの背きの罪は重く、私たち自身の罪が不利な証言をする。背きの罪は私たちと共にあり、私たちは自分の咎を知っている。主に対して偽り背き、私たちの神から離れ去り、虐げと裏切りを謀り、偽りの言葉を心に抱き、また、つぶやく」。
・しかし人々は悔い改めようとしない。自分たちの悪がこの混乱を招いたと考えていないからだ。オバマ政権の企業幹部報酬規制案(50万ドル)に金融機関の人々は反論する「50万ドル程度のはした金で働けるか」。ゴールドマンサックスが2009/4-6月の3ヶ月に支払った報酬平均は一人22万ドルだった。狂った世界がここにある。
-イザヤ59:15-16「主は正義の行われていないことを見られた。それは主の御目に悪と映った。主は人ひとりいないのを見、執り成す人がいないのを驚かれた。主の救いは主の御腕により、主を支えるのは主の恵みの御業」。
・罪を認めない者に対しては裁きが臨む。言葉で悔い改めない者には力での悔い改めが必要だ。
-イザヤ59:17-18「主は恵みの御業を鎧としてまとい、救いを兜としてかぶり、報復を衣としてまとい、熱情を上着として身を包まれた。主は人の業に従って報い、刃向かう者の仇に憤りを表し、敵に報いられる」。
・裁きは滅びではない。救いのための怒りだ。主は救うために彼らに刑罰を課せられ、悔い改めを求められる。
-イザヤ59:20「主は贖う者としてシオンに来られる。ヤコブのうちの罪を悔いる者のもとに来ると主は言われる」。
・しかし人々は耳を傾けない。預言者は地上での救いに絶望し始めている。人々は何があっても悔い改めない。捕囚の鍛錬も無意味だったのか、預言者は次第に終末の救いに希望を置くようになる。
-イザヤ59:21「これは、私が彼らと結ぶ契約であると主は言われる。あなたの上にある私の霊、あなたの口においた私の言葉は、あなたの口からも、あなたの子孫の口からも、あなたの子孫の子孫の口からも、今も、そしてとこしえに離れることはない、と主は言われる」。
・イエスは祈られた「御心が行われますように、天におけるように地の上にも」。この祈りもまた終末の祈りだ。世の中は2000年前と同じで、何も変わっていないように思える。しかしそれでも私たちはこの祈りを祈っていく。
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