すべて重荷を負うて苦労している者は、私のもとに来なさい。

トップ  >  イザヤ書  >  2009年3月5日祈祷会(イザヤ31章、イザヤの惜別の言葉)
1.「静かに待て」と呼びかけるイザヤ

・イザヤ31章はイザヤの40年間の預言の集約だ。31章もまた「災いだ」という言葉で始まる。主がイスラエルを守って来られた歴史を振り返ることなく、危難に面してエジプトの武力を頼る災いをイザヤは預言する。
-イザヤ31:1「災いだ、助けを求めてエジプトに下り、馬を支えとする者は。彼らは戦車の数が多く、騎兵の数がおびただしいことを頼りとし、イスラエルの聖なる方を仰がず、主を尋ね求めようとしない」。
・南王国ユダは今アッシリアの大軍を前に揺り動かされ、エジプトの援軍を求めた。イザヤは、北イスラエルの最後の王ホセアがエジプトに頼って滅ぼされた歴史を思い起こし、エジプトの助けが空しいことを知れという。
-イザヤ31:2「しかし、主は知恵に富む方。災いをもたらし、御言葉を無に帰されることはない。立って、災いをもたらす者の家、悪を行う者に味方する者を攻められる」。
・何故なら「エジプト人は人であって神ではなく、その馬は肉であって霊ではない」からだ。イザヤ31;3はイザヤ書の中核をなす預言だ。
-イザヤ31:3「エジプト人は人であって、神ではない。その馬は肉なるものにすぎず、霊ではない。主が御手を伸ばされると、助けを与える者はつまずき、助けを受けている者は倒れ、皆共に滅びる」。
・イザヤは繰り返し「神の約束を信頼して静かに待て」という。「信ずる者は慌てることはない」、イザヤのもう一つの中核になる言葉だ。
-イザヤ28:16「私は一つの石をシオンに据える。これは試みを経た石、堅く据えられた礎の、貴い隅の石だ。信ずる者は慌てることはない」。
・目の前に敵の大軍を見たとき、人は対抗できる軍事力を求めるだろう。しかしイザヤはそれこそ「偶像」だという。民主党の「米軍駐留は不要」との発言が批判を招いているが、本当に「日米軍事同盟=核の抑止力」は必要なのか。イザヤの預言を読む時、冷静な議論が必要だと感じる。

2.自己救済からの解放

・後半はユダの不信にもかかわらず、エルサレムを守られる主の姿を歌う。主はエルサレムを獅子が獲物を捕るように、鷲が翼を広げて子を守るように守られる。
-イザヤ31:4-5「獅子や若獅子が獲物を捕らえてうなるとき、多くの羊飼いがそれに対して、呼び集められても、獅子はその声を恐れず、喚声にたじろぐことはない。万軍の主は、そのように、シオンの山とその丘の上に降って戦われる。翼を広げた鳥のように、万軍の主はエルサレムの上にあって守られる」。
・最後にイザヤは回復の預言を行う。アッシリアに痛めつけられたイスラエルに「戻れ」といわれる。主に立ち返った者はもう偶像を必要としない。主が守られることを信じる故に偶像に頼る必要はない。
-イザヤ31:6-7「イスラエルの人々よ、あなたたちが背き続けてきた方に立ち帰れ。その日、人々はそれぞれ、かつて、自分の手で造り、それをもって罪を犯した銀の偶像と金の偶像を退ける」。
・アッシリアがどのように勢威を誇ろうと主は奢るものを倒される。帝国の首都ニネベもまた征服されるだろう。
-イザヤ31:8「アッシリアは倒れる、人間のものではない剣によって。人間のものではない剣が彼らを食い尽くす。彼らは剣を恐れて逃げ、その若者たちは労役に服す」。
・アッシリアやバビロンは、非征服民には「岩」のように見えたであろう。しかし岩は崩される。他方、弱いとされたイスラエルは3000年の歴史を生き残ってきた。ここに歴史の真実がある。強い者が生き残るのではない。
-イザヤ31:9「岩ですら恐れのゆえにその場から動き、その長たちは旗を捨てて逃げ去ると主は言われる。主はシオンに火を、エルサレムに炉を持っておられる」。
・イザヤは自己救済の完全否定を繰り返す。イザヤは「神に待ち望む」信仰こそ、人を生かすと言う。
-イザヤ30:15「立ち帰って静かにしているならば救われる。安らかに信頼していることにこそ力がある」。
・十字架につけられたイエスを人々はののしる「自分を救え」、自力救済の断念にこそ、十字架の意味がある。
-マタイ26:52-54「剣をさやに納めなさい。剣を取る者は皆、剣で滅びる。私が父にお願いできないとでも思うのか。お願いすれば、父は十二軍団以上の天使を今すぐ送ってくださるであろう。しかしそれでは、必ずこうなると書かれている聖書の言葉がどうして実現されよう」。
・自力救済は偶像を造り出す。馬も戦車も騎兵も、核の抑止力も偶像だ。偶像を捨てた時、真実が見えてくる。
-マルコ10:21-22「イエスは彼を見つめ、慈しんで言われた『あなたに欠けているものが一つある。行って持っている物を売り払い、貧しい人々に施しなさい。そうすれば、天に富を積むことになる。それから、私に従いなさい』。その人はこの言葉に気を落とし、悲しみながら立ち去った。たくさんの財産を持っていたからである」。
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