すべて重荷を負うて苦労している者は、私のもとに来なさい。

トップ  >  イザヤ書  >  2009年2月19日祈祷会(イザヤ30章1-17節、主よりも軍事力を求める罪)
1.歴史の意味を悟らない民

・イザヤ28-31章はヒゼキヤ王時代のイザヤ預言だ。前705年、イスラエルはアッシリア王サルゴン二世の死を契機に、エジプトの支援を得てアッシリアに反乱を起こす。前703年アッシリアはパレスチナに大軍を率いて侵攻し、ユダ王ヒゼキヤはエジプトの軍事介入を求めた。イザヤは主に頼らずにエジプトの軍事力に頼る愚かさを力説する。
-イザヤ30:1-3「災いだ、背く子らは、と主は言われる。彼らは謀を立てるが、私によるのではない。盟約の杯を交わすが、私の霊によるのではない。こうして、罪に罪を重ねている。彼らは私の託宣を求めず、エジプトへ下って行き、ファラオの砦に難を避け、エジプトの陰に身を寄せる。しかし、ファラオの砦はお前たちの恥となり、エジプトの陰に身を寄せることは辱めとなる」。
・エジプトの支援を求めても意味は無い。エジプトとの契約はユダを滅ぼす「死の契約」になるとイザヤは預言する。
-イザヤ30:4-5「たとえ高官らがツォアンにおり、使者らがハネスに遣わされても、彼らはすべて益を与えぬ国のゆえにうろたえるだけだ。その国は助けにならず、益を与えず、恥と嘲りの種になるだけだ」。
・イザヤの預言は歴史に対する深い洞察から来る。他国の武力に頼った結果、何が起こったのか、あなた方は歴史を見てこなかったか。イザヤの経験してきた歴史は、他国に頼る愚かさを示す。
-前733年シリア・北イスラエル同盟軍が反アッシリア同盟に加わらないユダを攻めてきた。ユダはアッシリアの支援を求めて危機を逃れたが、その代償としてユダは領土の大半をアッシリアに割譲し、属国となった。
-前722年アッシリアは北イスラエルを攻め、イスラエルはエジプトの支援を求めたがエジプトは動かず、北イスラエルは滅ぼされ、住民はアッシリアに強制連行され、イスラエル12部族のうち10部族は歴史から姿を消した。
-前713年ペリシテ諸国はエジプトにそそのかされて反アッシリアの軍を起こしたが(中心はアシドド、ユダも加担した)、エジプトは支援せず、ペリシテ諸国は滅んだ。
・そもそもあなた方は「出エジプト」の出来事を忘れたのか。主はエジプトで苦しむあなた方を、エジプトから救い、自由の民にしてくださった。それなのにあなた方は、今度は与えられた自由を捨て、ネゲブの砂漠を超えて、再びエジプトの奴隷になりたいと思っているのか。あなた方の信仰はどこに行ったのかとイザヤは告発する。
-イザヤ30:6「ネゲブの獣についての託宣。彼らはその富をろばの背に、宝をらくだのこぶに載せて、ほえたける雌獅子や雄獅子、蝮や、飛び回る炎の蛇が住む、悩みと苦しみの道を経て、益を与えることのない国に赴く」。
・今お前たちは北イスラエル、ペリシテの歩んだ道を歩もうとしている。エジプトは老いた怪獣(ラハブ=レビヤタンの別名)に過ぎず、何の頼りにもならないことが、まだわからないのかとイザヤは言う。
-イザヤ30:7「エジプトの助けは空しくはかない。それゆえ、私はこれを『つながれたラハブ』と呼ぶ」。

2.人の軍事力に頼るのか、主の言葉に頼るのか

・人々はイザヤの言葉を聞こうとしないばかりか、「うるさいことを言うな、裁きではなく慰めを語れ」と要求する。
-イザヤ30:10-11「彼らは先見者に向かって『見るな』と言い、預言者に向かって『真実を我々に預言するな。滑らかな言葉を語り、惑わすことを預言せよ。道から離れ、行くべき道をそれ、我々の前でイスラエルの聖なる方について語ることをやめよ』と言う」。
・イザヤはここで預言書の核心的な言葉を語る。「主に立ち返って静かにしているならば救われる」と。
-イザヤ30:15「まことに、イスラエルの聖なる方、わが主なる神は、こう言われた『お前たちは、立ち帰って静かにしているならば救われる。安らかに信頼していることにこそ力がある』と。しかし、お前たちはそれを望まなかった」。
・イザヤは預言する「お前たちはエジプトの馬を求めた故に、主はお前たちにアッシリアのより速い馬を与えられる。お前たちはエジプトの軍隊を求めた故に、主はお前たちにアッシリアの軍隊を与えられるであろう」と。
-イザヤ30:16-17「お前たちは言った『そうしてはいられない、馬に乗って逃げよう』と。それゆえ、お前たちは逃げなければならない。また『速い馬に乗ろう』と言ったゆえに、あなたたちを追う者は速いであろう。一人の威嚇によって、千人はもろともに逃れ、五人の威嚇によって、お前たちは逃れる」。
・私たちは、歴史は主の支配下にあることを認めるのだろうか。認める時、主が私たちの国を敗戦に導き、再び武器を取ることが無いように平和憲法を与えられたことを信じるのだろうか。信じるのであれば、非武装中立を宣言しながら「日米軍事同盟」に頼り、沖縄を基地の島として提供している現実に対して、私たちはどう考えるのか。
-イザヤ31:1-3「災いだ、助けを求めてエジプトに下り、馬を支えとする者は。彼らは戦車の数が多く、騎兵の数がおびただしいことを頼りとし、イスラエルの聖なる方を仰がず、主を尋ね求めようとしない。・・・エジプト人は人であって、神ではない。その馬は肉なるものにすぎず、霊ではない。主が御手を伸ばされると、助けを与える者はつまずき、助けを受けている者は倒れ、皆共に滅びる」。
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