すべて重荷を負うて苦労している者は、私のもとに来なさい。

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1.アッシリア軍の包囲からの解放

・イザヤ22章の時代背景は前711〜701年の対アッシリア戦争と思われる。理解のためには歴史の把握が必要だ。
−BC713〜711:ペリシテのアシュドドの反乱、ヒゼキヤ王も反乱を後援した。アッシリア王サルゴン2 世により鎮圧さる。
−BC712:アシュドドの反乱を支援したヒゼキヤ、サルゴン王に屈服、朝貢。ヒゼキヤ、バビロンのメロダクバランと結び、再度反乱を準備。シロアムの水路を建設(イザ22 ・8-11、王下20・20)。
−BC705:アッシリアのサルゴン王死去、センナケブリが継ぐ。ヒゼキヤ王はバビロン、エジプトと軍事協定を結び反アッシリア同盟を結ぶ(イザ30・1〜7、 列王記下20・12、イザヤ39章)。エジプト王、パレスチナの反アッシリア運動を支援。
−BC703:バビロン王再反乱に失敗。
−BC701:アッシリア王セナケブリ、反乱を支援するエジプト軍と衝突し撃退。
−BC701 ヒゼキヤの反抗。センナケブリ大軍を率いパレスチナに南下、フェニキヤ、ペリシテ占領。ヒゼキヤ朝貢するが、センナケブリはエルサレムを包囲する。しかしアッシリア王センナケブリは突如包囲を解除し、ニネベに引き返す。
・当時のユダ王国には、三つの勢力がしのぎを削っていた。アッシリアに対抗するために、メソポタミヤの新興国バビロニアに頼ろうとする勢力、エジプトに頼って難局を逃れようとした勢力もあった。歴史的にはヒゼキヤ王は前703年にはバビロニアと、前702年にはエジプトと秘密協定を結んでいる。その中でイザヤを中心とする預言者派は王国の安全は外国との同盟に頼ることではなく、主に頼ることだと主張した。
・反乱を起こしたユダに対してアッシリアはユダに侵攻、諸都市を落とし、エルサレムを包囲した。しかし、アッシリア軍に疫病が発生し、多くの将兵が死に、アッシリア軍は包囲を解いてニネベに引き上げた。
−粁鷁Φ19:35-36「その夜主の御使いが現れ、アッシリアの陣営で十八万五千人を撃った。朝早く起きてみると、彼らは皆死体となっていた。アッシリア王センナケリブは、そこをたって帰って行き、ニネベに落ち着いた」。
・人びとは命が助かったことを喜び、宴会騒ぎをする。イザヤはその人びとに、「何故エルサレムが包囲されたのか、何故主はその包囲を解かれたのか、それは悔い改めを求めるためであったのに、あなた方は浮かれるのか」と嘆く。
−イザヤ22:1-2「どうしたのか、お前たちが皆屋上にいるのは。騒音に満たされ、どよめく都、喜びに浮かれた町よ」。
・あなた方は国の防備を固めたからアッシリアを打ち負かしたと考えている。しかし、主が憐れんでアッシリア軍を撃退してくださった事実をあなた方は見ようとしない。
−イザヤ22:8-11「その日には、お前たちは、森の家の武器に目を向けた。また、ダビデの町に破れの多いのを見て、下の池の水を集めた。エルサレムの家を数え、家々を倒して、城壁の破れをふさごうとした。二つの城壁の間に水溜めを造り、古い池の水を入れた。しかし、お前たちは、都を造られた方に目を向けず、遠い昔に都を形づくられた方を見ようとしなかった」。

2.背信のエルサレムの罪を嘆く預言者

・エルサレム攻防戦でお前たちの軍隊は戦わずに逃げ出し、捕らえられて処刑された。それを知っているのか。
‐イザヤ22:2-3「お前の死者たちは、剣に倒れたのではない、戦って死んだのではない。お前の将校たちはすべて逃げ出したが、弓を引くこともなく捕らえられた。遠くに逃げた者も皆、見つけられ、共に捕らえられた」。
・滅ぼされるべきあなた方が救われた。それを思えば、悔い改めて感謝すべき時なのに、浮かれて騒いでいる。
−イザヤ22:12-13「その日には、万軍の主なる神が布告された。嘆くこと、泣くこと、髪をそり、粗布をまとうことを。しかし、見よ、彼らは喜び祝い、牛を殺し、羊を屠り、肉を食らい、酒を飲んで言った『食らえ、飲め、明日は死ぬのだから』と」。
・「明日は死ぬのだから」、救いを否定するあなた方を主は赦されない。あなた方の上には裁きが臨むだろう。
−イザヤ22:14「万軍の主は私の耳に告げられた『お前たちが死ぬまで、この罪は決して赦されることがない』と万軍の主なる神が言われた」。
・イザヤはここで預言を封印する。誰も聞かないからだ。その預言が開けられたのは100年後の前587年のバビロン軍によるエルサレム侵略の時であった。イザヤの後継者たちはイザヤの口を借りてその様を描写する。
−イザヤ22:5-8「混乱と蹂躙と崩壊の日が、万軍の主なる神から来る。幻の谷に、騒音が響き渡り、山に向かって叫ぶ声がある。エラムは矢筒を取り上げ、戦車には人が乗り、馬がつながれた。また、キルは盾の覆いをはずした。お前の最も豊かな平野は戦車と馬で満たされ、彼らは城門の前に陣取り、ユダの防備をはぎ取った」。
・ダグラス・ラミスという政治学者は言う「20世紀に国家の交戦権によって殺された人間の数が約1億5千万人であるが、その半分以上が自国の軍隊によって殺されている」。国を守るのは軍隊ではなく、また外国との同盟でもない。それを忘れた時にユダは滅ぼされた。
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