すべて重荷を負うて苦労している者は、私のもとに来なさい。

トップ  >  イザヤ書  >  2008年11月19日祈祷会(イザヤ19章、アッシリアとエジプトの回心を迫る預言者)
1.エジプトの混乱に対する託宣

・イザヤ19章はエジプトに対する託宣である。前716年エチオピア人がエジプトに侵略し、テーベを都とする第25王朝が形成されたが、デルタ地帯のツォアンやメンフィスには前王朝の勢力が残り、エジプトは内戦状態になった。
-イザヤ19:2-4「私は、エジプトをエジプトに刃向かわせる。人はその兄弟と、人はその隣人と、町は町と、国は国と戦う。エジプト人の思いは胸の中に乱れる。私が、その謀を乱すので彼らは、偶像と死者の霊、口寄せと霊媒に指示を求める。私は、エジプトを過酷な支配者の手に渡す。厳しい王が、彼らを治める」と万軍の主なる神が言われる」。
・前王朝の残りの者は右往左往して救いを偶像に求めるが、偶像は何の助けにもならない。エジプト全土は過酷な支配者エチオピア人の手に落ちる。5−10節はナイル川下流、デルタ地帯の荒廃と人々の苦境を描く。
-イザヤ19:5-10「海の水は涸れ、川の流れは尽きて干上がる。運河は悪臭を放ち、下エジプトの支流は細り、乾いて葦やよしも枯れ果てる・・・漁師は嘆き悲しむ。ナイルに釣り針を投げる者も、水の面に網を広げる者もすべて衰える。亜麻布を造る者はうろたえ、梳く女も、織る男も青ざめ、紡ぐ者も打ちのめされ、雇われて働く者は皆、苦しむ」。
・ツォアンの司、メンフィスの司、いずれも第24王朝の末期を示す言葉だ。イザヤはユダやアシュドドがアッシリアに反乱を起こす後ろ盾と期待しているエジプトがいかに混乱の中にあり、そのようなエジプトに頼る愚を示す。
-イザヤ19:11-15「ツォアンの司たちはまことに無知だ。ファラオの賢者、参議らは愚かな謀を立てる。・・・主は、彼らの間に迷わす霊を注がれた。彼らは、エジプトをよろめかせ、エジプトが何をするときにも、酒飲みが吐くときのように、よろめかせた。もはやエジプトでは、だれも何もなしえない」。
・戦争は愚かだ。南北戦争を体験したリンカーンは内戦で血を流すことの中に、神の裁きを見ている。
-リンカーンの祈り「両者の祈りが両方ともききとどけられることはあり得ない。全能なる神は自らの目的を持ち給う。・・・奴隷の250年に及ぶ、報いなき苦役によって積まれた富がすべて費やされ、また笞によって流された奴隷の血の一滴一滴に対して、剣によって流される血の贖いがなされるまでこの戦いが続くことがもし神の御意志であるならば、三千年前に言われたごとく、今もなお、『主の裁きは真実であってすべて正しい』と言わなくてはなるまい。」

2.アッシリアとエジプトの回心を求める預言者

・前714年アシュドドやユダはエジプトの援軍を頼りに反乱を起こすが、エジプトの援軍は来なかった。アッシリアはますます栄え、前671年、前663年の二度にわたり、エジプトに侵略し、エチオピア王朝は倒れ、エジプトには親アッシリアの第26王朝が立てられる。19:16以下は19章前半から50年を経た時代を背景とする。
-イザヤ19:16-17「その日には、エジプトは女のように弱くなり、万軍の主が振りかざされる御手に恐れおののく。ユダの地は、エジプトを混乱に陥れるものとなる。それを思わせるものは何であれ、エジプトを恐れさせる。万軍の主がエジプトに対して事を謀られるからである」。
・エジプトにはその頃、ユダヤ人入植地が出来ていたと言われる。ユダがバビロニアに滅ぼされた時、一部の人は国を捨ててエジプトに逃れた。その中にエレミヤもおり、彼はエジプトの人々に主の言葉を語っている。
-エレミヤ44:1-14「何故、お前たちは移って寄留しているエジプトで、自分の手で偶像を造り、異教の神々に香をたき、私を怒らせ、自分を滅ぼし、世界のあらゆる国々で、ののしりと恥辱の的となるのか。・・・エジプトの地へ移って寄留しているユダの残留者には、難を免れ生き残り、ユダの地に帰りうる者はひとりもない」。
・19節以降は史実と言うよりも、預言者の夢であろう。彼はエジプトの回心を預言する。
-イザヤ19:19-21「その日には、エジプトの地の中心に、主のために祭壇が建てられ、その境には主のために柱が立てられる。それは、エジプトの地において、万軍の主を指し示すしるしとなり、証しとなる。もし彼らが、抑圧する者のゆえに、主に叫ぶならば、主は彼らのために救助者を送り、彼らを救われる」。
・そしてイスラエルの仲介によりエジプトとアッシリアの両大国が悔い改め、平和が到来することを預言者は夢見る。
-イザヤ19:24-25「その日には、イスラエルは、エジプトとアッシリアと共に、世界を祝福する第三のものとなるであろう。万軍の主は彼らを祝福して言われる『祝福されよ、わが民エジプト、わが手の業なるアッシリア、わが嗣業なるイスラエル』と」。
・それから3000年の時が流れた。まだ平和は来ない。世界の諸民族はいまだ戦争を克服できない。イザヤの預言は空しいのか。しかし人は繰り返し預言書を読み、主の平和を求める。再度リンカーンの言葉を聴く。
−リンカーンの祈り「何人に対しても悪意を抱かず、すべての人に慈愛をもって神がわれわれに示される正義を固く守り、いま行いつつある業をなし遂げるために精一杯の努力を払おうではないか。国民の傷をつつみ、先頭に倒れた者、その未亡人、孤児をいたわるために努めようではないか。それによってわが国民の間にも、またすべての国民とも正しくかつ恒久的な平和がもたらされ、慈しまれるように共に祈ろうではないか。」
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