すべて重荷を負うて苦労している者は、私のもとに来なさい。

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1.アッシリアの傲慢

・アッシリアは紀元前8世紀には世界帝国となり、パレスチナの諸国を次々に征服し、支配下に置いた。それは神が不信のイスラエルを打つ鞭としてアッシリアを用いられたからだとイザヤは理解する。
−イザヤ10:5-6「災いだ、私の怒りの鞭となるアッシリアは。彼は私の手にある憤りの杖だ。神を無視する国に向かって、私はそれを遣わし、私の激怒をかった民に対して、それに命じる『戦利品を取り、略奪品を取れ、野の土のように彼を踏みにじれ』と」。
・ところがアッシリアは神の委託を超えて、自分が主人であるように振舞い始めた。ダマスコやサマリアを滅ぼしたアッシリアは、次はエルサレムだと言い始めている(ダマスコは前734年、サマリアは前722年に滅ぼされた)。
−イザヤ10:7-11「しかし、彼はそのように策を立てず、その心はそのように計らおうとしなかった。その心にあるのはむしろ滅ぼし尽くすこと、多くの国を断ち尽くすこと。彼は言う『王たちは、すべて、私の役人ではないか。カルノはカルケミシュと同じではないか、ハマトは必ずアルパドのようになり、サマリアは必ずダマスコのようになる。偶像を持つ国々、エルサレムにもサマリアにもまさる像を持つ国々を既に手中に納めたように。そして、サマリアとその偶像にしたように私は必ずエルサレムとその彫像に対して行う』」。
・驕るアッシリア王は軍事力を誇り、「私の前には敵はいない、私はこの腕で全世界をかき集めた」と豪語するようになった。この高慢になったアッシリアは前701年にエルサレムを囲んだ時、「主とは何者か」と言うほどになった。
−粁鷁Φ18:32-35「ヒゼキヤの言うことを聞くな。彼は、主は我々を救い出してくださる、と言って、お前たちを惑わしているのだ。諸国の神々は、それぞれ自分の地をアッシリア王の手から救い出すことができたであろうか。ハマトやアルパドの神々はどこに行ったのか。セファルワイムやヘナやイワの神々はどこに行ったのか。サマリアを私の手から救い出した神があっただろうか。国々のすべての神々のうち、どの神が自分の国を私の手から救い出したか。それでも主はエルサレムを私の手から救い出すと言うのか」。
・ここにいたって主はアッシリアを撃つことを決意されたとイザヤは預言する。
−イザヤ10:12「主はシオンの山とエルサレムに対する御業をすべて成就されるとき、アッシリアの王の驕った心の結ぶ実、高ぶる目の輝きを罰せられる」。

2.アッシリアへの裁き

・主は自己の分際を忘れたアッシリアを撃たれる。アッシリアは斧が振舞う者に対して誇り、のこぎりが使う者に対して高ぶるようになってきたからだ。世界を支配されるのは主か、アッシリアかとイザヤは問う。
−イザヤ10:15「斧がそれを振るう者に対して自分を誇り、のこぎりがそれを使う者に向かって高ぶることができるだろうか。それは、鞭が自分を振り上げる者を動かし、杖が木でない者を持ち上げようとするに等しい」。
・主の手は前701年に伸ばされた。具体的にはエルサレムを包囲するアッシリア陣内に疫病が発生し、数十万人の兵が倒れ、アッシリア王センナケリブはニネベへ軍を引き揚げる。
−粁鷁Φ19:35-37「その夜、主の御使いが現れ、アッシリアの陣営で十八万五千人を撃った。朝早く起きてみると、彼らは皆死体となっていた。アッシリアの王センナケリブは、そこをたって帰って行き、ニネベに落ち着いた。彼が自分の神ニスロクの神殿で礼拝しているときに、アドラメレクとサルエツェルが彼を剣にかけて殺した。彼らはアララトの地に逃亡し、センナケリブに代わってその子エサル・ハドンが王となった」。
・歴史的にはアッシリアはこのごろから勢力を弱め、エサル・ハドンの子アッシュルバニパルの時代に滅びる。
−イザヤ10:24-27「それゆえ、万軍の主なる神はこう言われる『シオンに住むわが民よ、アッシリアを恐れるな。たとえ、エジプトがしたように彼らがあなたを鞭で打ち、杖を振り上げても。やがて、私の憤りの尽きるときが来る。私の怒りは彼らの滅びに向けられる。万軍の主は、彼らに対して鞭を振るわれる。かつて、オレブの岩でミディアン人を打たれたように。またエジプトでなされたように杖を海の上に伸ばされる。その日が来れば、あなたの肩から重荷は取り去られ、首に置かれた軛は砕かれる』」。
・このアッシリアへの裁きの預言を私たちはどのように聞くのか。私たちと関係のない遠い日々の物語なのか。それとも現代の物語なのか。矢内原忠雄はこの出来事の中に、中国への侵略をやめない日本軍国主義への神の裁きを見て、それを「国家の理想」(1937年、昭和12年)としてまとめて月刊誌に公表し、大学教授の職を追われた。
−矢内原忠雄『通信』1937年10月号「アッシリアの罪はユダの罪より大きい。・・・今日は、虚偽の世において、我々のかくも愛したる日本の国の理想、あるいは理想を失った日本の葬りの席であります。私は怒ることも怒れません。泣くことも泣けません。どうぞ皆さん、もし私の申したことがおわかりになったならば、日本の理想を生かすために、一先ずこの国を葬ってください」。
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