すべて重荷を負うて苦労している者は、私のもとに来なさい。

トップ  >  イザヤ書  >  2008年9月11日祈祷会(イザヤ9章、インマヌエル待望の歌とイスラエルの裁き)
1.インマヌエルへの待望

・シリア・エフライム連合軍がユダに攻め込んだ時、イザヤはユダ王アハズにアッシリアではなく主を頼れと求めたが、アハズはアッシリアに頼って危機を逃れ(前734年)、ユダはアッシリアの属国になった。イザヤはアハズに見切りをつけ、子ヒゼキヤに望みを託し、前728年にヒゼキヤが即位する。8:23-9:6の預言は即位式の預言であろう。
−イザヤ8:23-9:1「ゼブルンの地、ナフタリの地は辱めを受けたが、後には、海沿いの道、ヨルダン川のかなた、異邦人のガリラヤは、栄光を受ける。闇の中を歩む民は、大いなる光を見、死の陰の地に住む者の上に、光が輝いた」。
・前733年アッシリアはパレスチナに侵攻し、イスラエル領ゼブルン・ナフタリの地はアッシリアに併合された。異国に奪われたイスラエルの領土がヒゼキヤ(インマヌエル)の即位により回復される幻をイザヤは見た。
−イザヤ9:2-4「あなたは深い喜びと、大きな楽しみをお与えになり、人々は御前に喜び祝った。刈り入れの時を祝うように、戦利品を分け合って楽しむように。彼らの負う軛、肩を打つ杖、虐げる者の鞭を、あなたはミディアンの日のように折ってくださった。地を踏み鳴らした兵士の靴、血にまみれた軍服はことごとく、火に投げ込まれ、焼き尽くされた」。 (*ミディアンの日=士師ギデオンがミディアン人を打ち破った日)
・「一人のみどりごが私たちのために生まれた」、第二のダビデとなるべき王(ヒゼキヤ)の即位の喜びだ。
−イザヤ9:5-6「一人のみどりごが私たちのために生まれた。一人の男の子が私たちに与えられた。権威が彼の肩にある。その名は『驚くべき指導者、力ある神、永遠の父、平和の君』と唱えられる。ダビデの王座とその王国に権威は増し、平和は絶えることがない。王国は正義と恵みの業によって、今もそしてとこしえに、立てられ支えられる。万軍の主の熱意がこれを成し遂げる」。
・ヒゼキヤは主の道に従って治世を行い、ヨシュアも主の道をはずれなかった。それにもかかわらず、ユダ王国は滅んだ(前587年)。人々はこの「みどりご」はヒゼキヤではなかったとしてメシアを待望するようになる。新約記者は「イエスこそこのみどりご、インマヌエル」と信じた。
−マタイ3:16-17「イエスは洗礼を受けると、すぐ水の中から上がられた。・・・その時『これは私の愛する子、私の心に適う者』と言う声が、天から聞こえた」。

2.イスラエルの裁きと滅亡

・北イスラエルは前733年にアッシリアの侵攻を受けて領土の一部を奪われ、前722年に滅んだ。イザヤはイスラエルの滅びの中に神の手を見ている。北イスラエルにはアモスやホセアの預言者が送られたが、民は聞かなかった。
−ホセア14:1「サマリアは罰せられる。その神に背いたからだ。住民は剣に倒れ、幼子は打ち殺され、妊婦は引き裂かれる」。
−イザヤ9:7-9「主は御言葉をヤコブに対して送り、それはイスラエルにふりかかった。民はだれもかれも、エフライム、サマリアの住民もそれを認めたが、なお誇り、驕る心に言った『レンガが崩れるなら、切り石で家を築き、桑の木が倒されるなら、杉を代わりにしよう』」。
・アッシリアの侵攻を受ける前、イスラエルは既に自壊を始めていた。ヤロブアム王時代の繁栄を最後に、内政の混乱により次々に王が代わった。ヤロブアムの子ゼカルヤは即位6ヵ月後にシャルムに殺され、シャルムは1ヵ月後にはメナヘムに殺された。前747年には三人の王が次々に代わっていった(ゼカルヤ〜シャルム〜メナヘム)。
−イザヤ9:12-16「民は自分たちを打った方に立ち帰らず、万軍の主を求めようとしなかった。それゆえ主は、イスラエルから頭も尾も、棕櫚の枝も葦の茎も一日のうちに断たれた。長老や尊敬される者、これが頭。偽りを教える者、預言者、これが尾だ。この民を導くべき者は、迷わす者となり、導かれる者は、惑わされる者となった。それゆえ、主は若者たちを喜ばれず、みなしごややもめすらも憐れまれない。民はすべて、神を無視する者で、悪を行い、どの口も不信心なことを語るからだ。しかしなお、主の怒りはやまず、御手は伸ばされたままだ」。
・この混乱の中にアッシリアの影が延び始める。メナヘムの子のペカフヤが王につくがペカの反乱により殺され、ペカの時代にイスラエルはアッシリアに攻められ、領土の多くを失う(前733年)。ペカはやがてアッシリアの支援を受けたホシュアに殺される(前731年)。このホシェアの時代にイスラエルは滅ぶ(前721年)。
-イザヤ9:17-20「まことに悪は火のように燃え、茨とおどろをなめ尽くす。森の茂みに燃えつき、煙の柱が巻き上がる。万軍の主の燃える怒りによって、地は焼かれ、民は火の燃えくさのようになりだれもその兄弟を容赦しない。右から切り取っても、飢えている。左に食らいついても、飽くことができない。・・・しかしなお、主の怒りはやまず御手は伸ばされたままだ」。
・亡国の兆しは為政者が次々に変えられることだ。日本はこの20年間に首相が13人も変わった。末期のイスラエルに似ている。私たちは現代政治の中に、イザヤの預言を見ることが出来るのだろうか。
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