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1.インマヌエルとは誰か

・前734年、シリア・エフライム連合軍がユダに攻め入った時、イザヤは「アッシリアではなく、主に頼れ。主が撃退して下さる」と預言した。しかし、アハズ王は主を信ぜず、アッシリアに援軍を求めた。アハズに失望したイザヤは新しい王を期待して、インマヌエル(主は共におられる)預言を行う。
−イザヤ7:14「それゆえ、私の主が御自ら、あなたたちにしるしを与えられる。見よ、おとめが身ごもって、男の子を産み、その名をインマヌエルと呼ぶ」。
・そのインマヌエルとはアハズの子ヒゼキヤであろう。ヒゼキヤは前728年に父に代わって王となった。9章のメシア預言はヒゼキヤの即位を喜ぶイザヤの言葉と思われる。
−イザヤ9:5-6「一人のみどりごが私たちのために生まれた。一人の男の子が私たちに与えられた。権威が彼の肩にある。その名は『驚くべき指導者、力ある神、永遠の父、平和の君』と唱えられる。ダビデの王座とその王国に権威は増し平和は絶えることがない。王国は正義と恵みの業によって、今もそしてとこしえに、立てられ支えられる。万軍の主の熱意がこれを成し遂げる」。
・ヒゼキヤは列王記では「主が彼と共におられた」と評価される。アハズはアッシリアに頼り、ユダはその属国となり、アッシリアの神々を神殿に祭った。ヒゼキヤはアッシリアとの関係を絶ち、神殿から偶像を放逐した。
−粁鷁Φ18:5-7「彼(ヒゼキヤ)はイスラエルの神、主に依り頼んだ・・・彼は主を固く信頼し、主に背いて離れ去ることなく、主がモーセに授けられた戒めを守った。主は彼と共におられ、彼が何を企てても成功した。彼はアッシリアの王に刃向かい、彼に服従しなかった」。
・そのような時代背景の中でイザヤの預言を読むと、言葉は明らかになる。アハズの要請でパレスチナに来たアッシリア軍はシリヤを滅ぼし、北イスラエルの領地を奪い、ユダには重い朝貢を強いた。それはユダが主の恵み(シロムの水)に頼らず、激流(チグリス・ユーフラテスから来たアッシリア)に頼り、飲み込まれたのだと。
−イザヤ8:5-8「主は重ねて私に語られた。『この民はゆるやかに流れるシロアの水を拒み、レツィンとレマルヤの子のゆえにくずおれる。それゆえ、見よ、主は大河の激流を、彼らの上に襲いかからせようとしておられる。すなわち、アッシリアの王とそのすべての栄光を。激流はどの川床も満たし、至るところで堤防を越え、ユダにみなぎり、首に達し、溢れ、押し流す。その広げた翼は、インマヌエルよ、あなたの国土を覆い尽くす』」。

2.歴史の中に主の働きを見る

・アッシリアはやがてユダを飲み込むためにエルサレムを包囲する(前701年)。しかしインマヌエル(ヒゼキヤ)が主により頼んだので、主はアッシリアを退けられた。
−イザヤ8:9-10「諸国の民よ、連合せよ、だがおののけ。遠い国々よ、共に耳を傾けよ。武装せよ、だが、おののけ。武装せよ、だが、おののけ。戦略を練るがよい、だが、挫折する。決定するがよい、だが、実現することはない。神が我らと共におられる(インマヌエル)のだから」。
・エルサレム包囲のアッシリア軍に疫病が発生し、彼らは軍を引いた。アッシリア王は帰国後、反乱によって殺された。しかし、今は前733年だ。ヒゼキヤ即位まで5年、アッシリア撃退まで32年の時がある。預言はすぐには成就しない。しかし、イザヤは主の言葉が成ることを信じ、預言を封印する。
−イザヤ8:16-18「私は弟子たちと共に、証しの書を守り、教えを封じておこう。私は主を待ち望む。主は御顔をヤコブの家に隠しておられるが、なお私は、彼に望みをかける。見よ、私と、主が私にゆだねられた子らは、シオンの山に住まわれる万軍の主が与えられたイスラエルのしるしと奇跡である」。
・教会はイザヤ7章のインマヌエル預言にイエス・キリストの誕生の意味を見出した。
−マタイ1:21-23「マリアは男の子を産む。その子をイエスと名付けなさい。この子は自分の民を罪から救うからである。このこと・・・は、主が預言者を通して言われていたことが実現するためであった『見よ、おとめが身ごもって男の子を産む。その名はインマヌエルと呼ばれる』。この名は、神は我々と共におられるという意味である」。
・イザヤはヒゼキヤによる北イスラエルの領土回復を預言した(イザヤ8:2-9:1)。それをマタイは、イエスがカペナウムに住まれることを通して、新しい神の国が始まったと理解した。
−マタイ4:12-16「イエスは、ヨハネが捕らえられたと聞き、ガリラヤに退かれた。そして、ナザレを離れ、ゼブルンとナフタリの地方にある湖畔の町カファルナウムに来て住まわれた。それは、預言者イザヤを通して言われていたことが実現するためであった『ゼブルンの地とナフタリの地、湖沿いの道、ヨルダン川のかなたの地、異邦人のガリラヤ、暗闇に住む民は大きな光を見、死の陰の地に住む者に光が射し込んだ』」。
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