すべて重荷を負うて苦労している者は、私のもとに来なさい。

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1.蛇の誘惑(3:1−6)

・蛇は神の肯定命令を禁止命令に変えて、女の前に提示した。
―創世記2:16-17「主なる神は人に命じて言われた。「園のすべての木から取って食べなさい。ただし、善悪の知識の木からは、決して食べてはならない。食べると必ず死んでしまう。」
―創世記3:1「主なる神が造られた野の生き物のうちで、最も賢いのは蛇であった。蛇は女に言った。園のどの木からも食べてはいけない、などと神は言われたのか。」
・女は神の命令を自分の都合で歪曲している。
―創世記3:2-3「女は蛇に答えた。わたしたちは園の木の果実を食べてもよいのです。でも、園の中央に生えている木の果実だけは食べてはいけない、触れてもいけない、死んではいけないから、と神様はおっしゃいました。」
・実は「食べるによく、見るに美しく、賢くなるには好ましく」見えた。罪を誘ったのは自分自身の欲望だった。これは人間の三大欲望と合致する−豊かさ(金)、見た目(容貌、外見)、賢さ(知識、学歴)。
―ヤコブ1:14「むしろ、人はそれぞれ、自分自身の欲望に引かれ、唆されて、誘惑に陥るのです。そして、欲望ははらんで罪を生み、罪が熟して死を生みます。」

2.堕罪の結果(3:7−14)

・全てが自由で一つのみ禁止されていた。限界がなければ人間は神になる。全てが自由にされたとき、何が起こるのか、人間は自我のために相手を傷つける存在である。
―ローマ7:18-19「私は,自分の内には、つまり私の肉には、善が住んでいないことを知っています。善をなそうという意志はありますが、それを実行できないからです。私は自分の望む善は行わず、望まない悪を行っている。」
・罪を犯した時、裸であることが恥ずかしくなった。幼児は裸体を恥ずかしがらないし、動物は性について恥ずかしがらない。何故、人間だけなのか。祝福されるべき性が恥ずかしいものになった。
・人は神の前から身を隠した。理性を得ることにより、人は神から離れる者になった。神などいらないと現代人は言う。神(自己利益以上の価値)を認めない社会は弱肉強食の全体主義か虚無主義になる。
・神から離れた人間がしたことは罪の神と女への転嫁だった。このとき男女の正常な関係が崩れた。
―女を「私の骨の骨、肉の肉」と呼んだ人が「あなたがわたしと共にいるようにしてくださった女が、木から取って与えたので、食べました。」言った。
―人間はいざとなれば最愛の人も裏切る。人間はこの瞬間に本当の罪を犯した。このとき悔改めれば許しが始まったであろう。悔改めない人間を神は許せない。

3.楽園からの追放(3:14−24)

・神は蛇を呪われたが、人間は呪われなかった。人間に与えられたのは、呪いではなく祝福だった。女は苦しんで子を産むが、生んだ後には祝福される。神は男に労働の喜びを与えられた。
―ヨハネ「16:21女は子供を産むとき、苦しむものだ。自分の時が来たからである。しかし、子供が生まれると、一人の人間が世に生まれ出た喜びのために、もはやその苦痛を思い出さない。」
―競謄汽蹈縫3:10「実際、あなたがたのもとにいたとき、私たちは『働きたくない者は、食べてはならない』と命じていました。」
・人は罪を犯したが、神の保護のもとに置かれた。人は女をエバ(命)と名づけ、女によって命を継続する存在となった。
―創世記4:1「アダムは妻エバを知った。彼女は身ごもってカインを産み、私は主によって男子を得たと言った。」
・人を救うため、神はイエスを女から生まれさせられた。人間の中には、神を求める力(神の像)と神から逃れ
ようという原罪性がある。原罪を除くためにイエスは来られたと聖書は教える。
―ルカ3:23-38「イエスが宣教を始められたときはおよそ三十歳であった。イエスはヨセフの子と思われていた。ヨセフはエリの子、それからさかのぼると、マタト、レビ、メルキ、ヤナイ、ヨセフ、・・・エノシュ、セト、アダム。そして神に至る。」
―1コリント15:22「つまり、アダムによってすべての人が死ぬことになったように、キリストによってすべての人が生かされることになるのです。」
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