すべて重荷を負うて苦労している者は、私のもとに来なさい。

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1.神の業を信じることが出来ない人々

・サマリアの町はアラム軍の包囲により、飢餓状態に追い込まれ、ろばの頭が銀80シュケル、はとの糞さえ5シュケルで売られた。1シュケルは10グラム、燃料であるはとの糞が銀50グラムで取引されるという異常事態であった。
-粁鷁Φ6:25「サマリアは大飢饉に見舞われていたが、それに包囲が加わって、ろばの頭一つが銀八十シェケル、鳩の糞四分の一カブが五シェケルで売られるようになった」。
・人々は自分たちのこどもさえ食べた。イスラエル王はこの事態をもたらした預言者エリシャを殺して、打開を図ろうとした。エリシャは王に「明日の今頃、小麦粉1セアが1シュケルで売られる」と預言する。1セアは7リットル、当時の小麦粉の値段は100シュケル以上したであろう。それが1シュケルになる。飢餓は終わるとエリシャは預言したが、王も従者も信じなかった。
-粁鷁Φ7:1-2「エリシャは言った『主の言葉を聞きなさい。主はこう言われる。明日の今ごろ、サマリアの城門で上等の小麦粉一セアが一シェケル、大麦二セアが一シェケルで売られる』。王の介添えをしていた侍従は神の人に答えた『主が天に窓を造られたとしても、そんなことはなかろう』。エリシャは言った『あなたは自分の目でそれを見る。だが、それを食べることはない』」。
・城門には4人のらい病者がいた。彼らは人々の喜捨で生活していたが、飢餓の中で誰も食べ物を恵まない。このままでは死ぬ。彼らはアラム軍に投降して生きる道を探す。このらい病者たちが神の御業の目撃者となった。
-粁鷁Φ7:3-4「城門の入り口に重い皮膚病を患う者が四人いて、互いに言い合った『どうして私たちは死ぬまでここに座っていられようか。町に入ろうと言ってみたところで、町は飢饉に見舞われていて、私たちはそこで死ぬだけだし、ここに座っていても死ぬだけだ。そうならアラムの陣営に投降しよう。もし彼らが生かしてくれるなら、私たちは生き延びることができる。もし私たちを殺すなら、死ぬまでのことだ』」。

2.御業を示される神

・彼らがアラム軍の陣地に行くと、そこはもぬけの殻であった。主が大軍勢の足音をアラム軍に聞かせ、エジプトの大軍が押し寄せてくると誤解したアラム軍は敗走していた。
-粁鷁Φ7:5-7「アラムの陣営の外れまで来たところ、そこにはだれもいなかった。主が戦車の音や軍馬の音や大軍の音をアラムの陣営に響き渡らせられたため、彼らは・・・夕暮れに立って逃げ去った。彼らは天幕も馬もろばも捨て、陣営をそのままにして命を惜しんで逃げ去った」。
・四人は天幕に入り、放置されていた食糧を食べたが、その時、飢えている町の人を思い起こし、知らせるために帰った。主は彼らの心に「共に食べる」思いを与えられた。主の祈りも、私の祈りではなく、私たちの祈りだ。
-粁鷁Φ7:8-9「重い皮膚病を患っている者たちは陣営の外れまで来て、一つの天幕に入り、飲み食いした後、銀、金、衣服を運び出して隠した。彼らはまた戻って来て他の天幕に入り、そこからも運び出して隠した。彼らは互いに言い合った『私たちはこのようなことをしていてはならない。この日は良い知らせの日だ。私たちが黙って朝日が昇るまで待っているなら、罰を受けるだろう。さあ行って、王家の人々に知らせよう』」。
・王は最初はこの知らせを信じなかった。しかし、偵察隊を出してみると、その通りだった。人々は城門を出て、アラム軍の食糧を強奪した。エリシャの預言どおり、小麦粉1セアが銀1シュケルに下落した。
-粁鷁Φ7:15-16「彼らはアラム軍の後を追って、ヨルダンまで来たが、その道はどこもアラム軍が慌てて投げ捨てた衣類や武具で満ちていた。使いの者たちは帰って来てこのことを王に報告した。そこで民は出て行ってアラムの陣営で略奪をほしいままにし、主の言葉どおり上等の小麦粉一セアが一シェケル、大麦二セアが一シェケルで売られるようになった」。
・絶望的な飢餓が与えられたのは、人々の心が主から離れたからだ。神なしの世界では、人は自分の子さえ食べて生きようとする。災いが主より来る事を知れば、その災いの終わりもわかる。私たちは悔改めた時だ。
-申命記28:15-53「もしあなたの神、主の御声に聞き従わず、今日私が命じるすべての戒めと掟を忠実に守らないならば、これらの呪いはことごとくあなたに臨み、実現するであろう。・・・あなたは敵に包囲され、追いつめられた困窮のゆえに、あなたの神、主が与えられた、あなたの身から生まれた子、息子、娘らの肉をさえ食べるようになる」。
・主は災いを必ず終わらせられる。償いが終わった時に、災いは終わる。
-イザヤ40:1-2「慰めよ、私の民を慰めよとあなたたちの神は言われる。エルサレムの心に語りかけ、彼女に呼びかけよ。苦役の時は今や満ち、彼女の咎は償われた、と。罪のすべてに倍する報いを主の御手から受けた、と」。
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