すべて重荷を負うて苦労している者は、私のもとに来なさい。

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1.エリヤの昇天

・エリヤは年老い、後継者としてエリシャを召した。エリヤは天に上げられる前に、ベテルの預言者集団にエリシャを後継者として紹介していく。同じ出来事がエリコでも繰り返される。ヨルダンでエリヤはエリシャに問う「あなたは何を求めるか」。エリシャは長子としてエリヤの賜物の相続を願う。
−粁鷁Φ2:9「エリヤはエリシャに言った『私があなたのもとから取り去られる前に、あなたのために何をしようか。何なりと願いなさい』。エリシャは『あなたの霊の二つの分を私に受け継がせてください』と言った」。
・エリヤが天に取り去られる時が来た。火の戦車がエリヤを天に取り去った。
−粁鷁Φ2:11「彼らが話しながら歩き続けていると、見よ、火の戦車が火の馬に引かれて現れ、二人の間を分けた。エリヤは嵐の中を天に上って行った」。
・エリヤの昇天は人々に深い印象を残した。死なずに天に召されたエリヤは、終末に再び来るとの信仰を人々は持った。マラキはエリヤの再訪を預言し、福音書はイエスがバプテスマのヨハネをエリヤと理解されたと伝える。
−マラキ3:23-24「見よ、私は大いなる恐るべき主の日が来る前に、預言者エリヤをあなたたちに遣わす。彼は父の心を子に子の心を父に向けさせる。私が来て、破滅をもってこの地を撃つことがないように」。
−マタイ17:12-13「『エリヤは既に来たのだ。人々は彼を認めず、好きなようにあしらったのである。人の子も、そのように人々から苦しめられることになる』。そのとき、弟子たちは、イエスが洗礼者ヨハネのことを言われたのだと悟った」。

2.エリシャの叫び

・エリシャはエリヤの昇天を見て、「わが父、わが父、イスラエルの戦車よ、その騎兵よ」と叫ぶ。師の死を悲しむ叫びであろう。
−粁鷁Φ2:12「エリシャはこれを見て『わが父よ、わが父よ、イスラエルの戦車よ、その騎兵よ』と叫んだが、もうエリヤは見えなかった。エリシャは自分の衣をつかんで二つに引き裂いた」。
・エリヤは取り去られても主の護りは消えない。目に見えなくとも、主は私たちを護っておられることをエリシャは知っていた。エリシャの祈りを通して、人々はアラムの軍隊に勝る天の軍勢を見る。
−粁鷁Φ6:15-17「神の人の召し使いが朝早く起きて外に出てみると、軍馬や戦車を持った軍隊が町を包囲していた。従者は言った『ああ、御主人よ、どうすればいいのですか』。するとエリシャは『恐れてはならない。私たちと共にいる者の方が、彼らと共にいる者より多い』と言って、主に祈り『主よ、彼の目を開いて見えるようにしてください』と願った。主が従者の目を開かれたので、彼は火の馬と戦車がエリシャを囲んで山に満ちているのを見た」。
・イザヤも主の護りを確信していた故に、アッシリヤ軍におびえる王に対して、「あわてるな」と述べる。
−イザヤ31:1-3「災いだ、助けを求めてエジプトに下り、馬を支えとする者は。彼らは戦車の数が多く、騎兵の数がおびただしいことを頼りとし、イスラエルの聖なる方を仰がず、主を尋ね求めようとしない。しかし、主は知恵に富む方。災いをもたらし、御言葉を無に帰されることはない。立って、災いをもたらす者の家、悪を行う者に味方する者を攻められる。エジプト人は人であって、神ではない。その馬は肉なるものにすぎず、霊ではない。主が御手を伸ばされると、助けを与える者はつまずき、助けを受けている者は倒れ、皆共に滅びる」。
・主に信頼して生きた人々がいる。エリック・リデルの生涯を描いた映画は「CHARIOTS OF FIRE(日本名「炎のランナー」)と呼ばれた。列王記下2章のエリヤの昇天時に現れた「火の戦車」の意味である。
−エリック・リデル「1924年のパリ・オリンピックの陸上競技に出場したが、予選日が主の日である日曜日になったため、出場を辞退する。最後には予選日が変わって出場でき優勝する。彼は、「走るのは神様を称えるため、早い足が与えられたのはそのため」と人々に説いて回わった。その後、彼は宣教師となって中国に渡り、42年からは日本軍の捕虜収容所に抑留され死んだ。困難の中で主を見つめ、ひたすら主の言葉を信じて歩むことで強められていった生涯であった」。
・火の戦車と言う黒人霊歌がある。「火の戦車が来て、自分たちを故郷に連れ帰ってくれる」と叫んだ歌だ。
「Swing low、sweet chariot、 Coming for to carry me home、 Swing low、sweet chariot、 Coming for to carry me home」。
・こうしてエリシャがエリヤの後を継いで預言者として立たされていく。イエスも「預言者は故郷では敬われない」ことのしるしとして、エリシャに言及されている。
−ルカ4:27「預言者エリシャの時代に、イスラエルには重い皮膚病を患っている人が多くいたが、シリア人ナアマンのほかはだれも清くされなかった」。
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