1.ユダの王、イスラエルの王の罪


・ユダではソロモンの子レハブアムが死に、子アビヤムが王位についたが、3年で死んだ。彼もまた主の期待に添えない王であったが、主はダビデへの約束ゆえに、ダビデ王朝を維持される。
−砧鷁Φ15:1-4「アビヤムがユダの王となり、エルサレムで三年間王位にあった。・・・彼もまた父がさきに犯したすべての罪を犯し、その心も父祖ダビデの心のようには、自分の神、主と一つではなかった。彼の神、主は、ただダビデのゆえにエルサレムにともし火をともし、跡を継ぐ息子を立てて、エルサレムを存続させられた」。
・アビヤの後はアサが継いだ。彼は正しい人で偶像を破壊したが、その改革は中途で終わった。
−砧鷁Φ15:9-14「ユダの王としてアサが王位につき、エルサレムで四十一年間、王位にあった。・・・アサは父祖ダビデと同じように主の目にかなう正しいことを行い、神殿男娼をその地から追放し先祖たちの造った偶像をすべて取り除いた・・・聖なる高台は取り除かれなかったが、アサの心はその生涯を通じて主と一つであった」。
・ユダ王国ではダビデ王朝が続いたが、イスラエル王国では王は次から次に倒され、新しい王朝が立った。どの王朝も神の目に正しいものではなかった。ヤロブアムの子ナダブは即位2年で部下に殺された。
−砧鷁Φ15:25-28「ヤロブアムの子ナダブ・・・は主の目に悪とされることを行って、父と同じ道を歩み、イスラエルに罪を犯させた父の罪を繰り返した。・・・バシャがナダブを殺し、代わって王となった」
・バシャは24年間王位にあったが、主はこのバシャもその罪の故に捨てられる。
−砧鷁Φ16:1-4「私はあなたを塵の中から引き上げて、わが民イスラエルの指導者としたが、あなたはヤロブアムと同じ道を歩み、わが民イスラエルに罪を犯させ、彼らの罪によって私を怒らせた。それゆえ、今私はバシャとその家を一掃し、あなたの家もネバトの子ヤロブアムの家と同様にする」。
・バシャの子エラはジムリに殺され、ジムリはオムリに殺された。オムリの子アハブの時に、イスラエルの悪はその頂点に達した。主はアハブをいさめるために、預言者エリヤを遣わされる。
−砧鷁Φ16:29-33「オムリの子アハブは、サマリアで二十二年間イスラエルを治めた。・・・彼以前のだれよりも主の目に悪とされることを行った。彼はネバトの子ヤロブアムの罪を繰り返すだけでは満足せず、シドン人の王エトバアルの娘イゼベルを妻に迎え、進んでバアルに仕え、これにひれ伏した。・・・アハブはまたアシェラ像を造り、それまでのイスラエルのどの王にもまして、イスラエルの神、主の怒りを招くことを行った」。


2.イスラエルとユダは何故滅びたのか


・物語で繰り返し出てくるのは「ヤロブアムの罪」である。彼はエルサレム神殿に対抗するためにベテルに祭壇を築き、金の子牛を拝むようにさせた。ヤロブアムの罪、それは神を自己の利得のための手段とする偶像礼拝の罪であった。私たちも願いが適わず、「神などいない」とうそぶく時に私たちもヤロブアムの罪を犯す。
−イザヤ40:27「ヤコブよ、なぜ言うのか、イスラエルよ、なぜ断言するのか。私の道は主に隠されている、と。私の裁きは神に忘れられた、と」。
・列王記は、神は何故イスラエルを滅ぼされ、ユダをバビロンに追いやられたのかの歴史を描く。彼らの関心は「王たちが神の前でどう生きたか」であり、ユダ王アビヤムの評価も彼が神に対してどう生きたかが焦点となる。
−砧鷁Φ15:3「彼もまた父がさきに犯したすべての罪を犯し、その心も父祖ダビデの心のようには、自分の神、主と一つではなかった」。
・イスラエル王オムリの時代にイスラエルは首都をサマリヤに移し、王国はこの世的には繁栄の頂点を極めた。しかし、その評価は彼が神の前にどう生きたかで決定される。
−砧鷁Φ16:25-26「オムリは主の目に悪とされることを行い、彼以前のだれよりも悪い事を行った。彼は、ネバトの子ヤロブアムのすべての道を歩み、イスラエルに罪を犯させたヤロブアムの罪を繰り返して、空しい偶像によってイスラエルの神、主の怒りを招いた」。
・私たちにとっても最も大切なことは、主の前にどう生きるかである。人は死ねば主の前に出て審判を受ける。
−マタイ25:35-36「お前たちは、私が飢えていたときに食べさせ、のどが渇いていたときに飲ませ、旅をしていたときに宿を貸し、裸のときに着せ、病気のときに見舞い、牢にいたときに訪ねてくれた。・・・私の兄弟であるこの最も小さい者の一人にしたのは、私にしてくれたことなのである」。
−マタイ25:42-45「お前たちは、私が飢えていたときに食べさせず、のどが渇いたときに飲ませず、旅をしていたときに宿を貸さず、裸のときに着せず、病気のとき、牢にいたときに、訪ねてくれなかった。・・・この最も小さい者の一人にしなかったのは、私にしてくれなかったことなのである」。